第66話
『あー。はいはい、それで島崎くんが助けに来てくれたってことでいいの?』
「そうですね。……たまたま帰り道に近くで出会いまして。それで、彼氏と偽装してくれたんです」
『なるほどね……それで、彼氏偽装のために名前で呼び合ったってところ?』
「察しがいいですね。それで、その……まあ最終的には名前で呼び合うということが決まり、そのまま帰宅してきたということです」
『なるほどね。まあ、何も問題なく、それどころか、結果的にキューピッドになってくれたんだったら、良かったね』
「はい」
咲はそう返事をしながら、ソファで体を横にした。治に名前を呼ばれたときのことを思い出し、口元を緩めた。
『でも、そうなるといよいよ学校での噂が広がるかもしれないね』
「学校で、ですか?」
『そうだよ。告白してきた人……名前なんだっけ? まあ、なんでもいいけどさ。誰か友人に話してそうじゃん? 咲っちの話ってすぐに広まるから、これから学校で聞かれるかもしれないね?』
「そう……ですかね。聞かれるって彼氏がいるとか、って話ですよね?」
『うん、そうだよ。そのときどう返事するの? 彼氏って言っちゃう?』
「……そうですね。その方が私にとっては都合がいいですね。……今後も告白されることがなくなると思いますし」
『なくなるかどうかはどうだろうね?』
「え? か、彼氏いる人に告白する人がいるんですか?」
『略奪愛というものもありますからなぁ。そこは人それぞれだよ。ただまあ、確実に減るとは思うね』
「減ってくれるのは嬉しいですが治さんに迷惑をかけないか、心配ですね』
真由美が言った通り、『彼氏』と言ってしまえば、煩わしい告白などはされなくなる。
だが、別の学校とはいえそんな治を一目見ようとする輩がまったく出てこないとも限らなかった。
『うーん、それなら……彼氏と偽ってもいいかって島崎くんに聞いてみたらどう?』
「……そ、それ大丈夫ですかね?」
『そこは咲っち次第じゃないかな? そう伝えれば、嫌でも島崎くんも意識するでしょ?』
「……た、確かにそうですね」
『それか本当に告白をするか、だね』
「そ、それは無理です! まだ早いです!」
咲は見えないと分かっていても、首を横にぶんぶんと振った。
治と出会ってまだ一ヵ月も経っていなかった。
『早いってそうかな? 結構仲良いんだし、大丈夫じゃないかな?』
「……仲が良いというのは少し違いますよ。治さんは、小説のために私と一緒にいるだけだと思います」
『えー、そうかなぁ?』
「そうですよ……とにかくです、まだ今は駄目ですよ。だから、告白は絶対にダメです」
『それじゃあ、相談だけしてみたらいいんじゃない? 島崎くんの相談にも乗っているんだし、こっちも助けてほしいっていえばいいんだよ。男の人は頼られて悪い気はしないだろうしね!』
「そ、そうでしょうか? あまり頼りすぎても、ウザがられたりするのではないでしょうか?」
『そりゃあ嫌いな相手だったらそうだろうけど、咲っちなら大丈夫だと思うよ。嫌われては、ないでしょ?』
真由美の言葉に、咲はゆっくりと頷いた。
「嫌われては、いないと思います。友好関係も……友人としてのものではあると思いますが、築けているとは思います」
『だったら、相談くらいは普通でしょ? 私にするみたいな感じでいいんじゃない?』
「……わかり、ました。また次に会った時に聞いてみたいと思います」
『そうだね。とにかく、何事もなくてよかったよー。何かあったら言ってね?』
「……はい、ありがとうございます」
『それじゃ、またあした。おやすみー』
「おやすみなさい」
咲はそういってからスマホの画面を暗くする。
それから、「次に会った時に、相談しよう」と密かな決意を固めた。




