第61話
治は家へと向かう帰り道、奈菜からの電話に仕方なく出ることにした。
昼休みはもちろん、学校が終わってからもたびたび電話がかかってきていたからだ。
用件についてはわかっていたので、先延ばしにしたかったが、あまり無視して拗ねられても困る。
治が電話口に耳を当てると、怒鳴りつけるような声が響いた。
『治!? なにあの可愛い生物!』
耳が割れるほどの声量に、治は一度スマホを耳から話した。
落ち着くまで待ってから、耳に当てた。
「……なにがだ?」
『だ、だから! 治がくれたあのツーショット写真! ていうか、姉にラブラブイチャイチャ見せつけんな!』
昨日咲と一緒にとった写真である。奈菜の言い方に治が声を荒らげた。
「ら、ラブラブイチャイチャとかいうな! そ、そういうのじゃないんだって……あくまで飛野は、俺の執筆の手伝いをということで仲良くしてくれているんだ。……そりゃあ向こうも初めの時と違って友達くらいには意識してくれているかもしれないけど……」
『だとしてもねぇ……その子って遊び慣れているような子なの?』
「……演技、じゃなければたぶん違う、と思う」
咲が純情な子を演じている、と言われればそれまでだった。
『……うん、それなら間違いなく気にいられていると思うわよ? だってあたしは嫌いな人とわざわざ写真撮りたくないし。ていうか、連絡先だって聞きたくないし』
「……そう、なのかな?」
『恋愛小説家のくせにそういうところは鈍いのね。まったくもう……』
「鈍い、というか……な」
自信を持ち切れないというのが正しかったが、以前散々自信を持てと言った奈菜にそれを伝える度胸はなかった。
『まあ、のんびりしていてもいいけど。そんな可愛い子ならたぶん学校でもモテモテよ? 他校の人って言っていたけど、遠距離恋愛とまではいかなくてもそれに似ている状況なんだからわりとしっかりアピールしないとすぐにどこかに行っちゃうかもしれないわよ?』
「……分かってるよ。話は以上か?」
『とりあえずはね。でも、まさか治があんなに可愛い子を狙うとは思わなかったなぁ。大変かもしれないけど頑張ってね?』
「……うるさいって、もう切るぞ」
からかい始めた奈菜の電話を、半ば強引に切って治はポケットにしまった。
それから咲のアドレスを開き、小さく息を吐いた。先ほどあのように言われたこともあり、咲と会いたいという気持ちが強くなっていた。
何か理由をつけて連絡くらいはしようか。そんなことを考えながら歩いていく。
咲が暮らしているマンションの前を過ぎるとき、もはや体に染みついた動きのようにその入口へと視線を向けてしまう。
もちろん咲の姿はない。分かりきっていることなのに、落ち込んで嘆息をついた。
それから治はゆっくりとアパートへと歩いていき、そこで咲を見つけた。
咲と見知らぬ男性が仲良く歩いていた。男性の制服は風高のものだ。そして男性は遊び慣れたような服装、髪型をしている。
わかりやすい表現をするのなら、チャラ男、という言葉が浮かんだ。
その光景に絶望し、足を止める。
初恋が散るのは早かった、もっとアタックしていれば、そんなことが脳裏をぐるぐると駆けまわっていったのだが――そこで咲の反応がおかしいことに気付いた。
「あの……だから、ついてこないでくれますか?」
「えー、いいじゃん」
咲は困ったような表情でずっと男子の相手をしていた。どこか逃げるような足取りであり、それに男子が無理やりついていっているといった様子だった。
一縷の望みにかけ、治はそちらへと近づいていった。
 




