第57話
咲は隣を歩く治を時々ちらと見て、それからぎゅっと握りしめられた手に視線を向ける。
時刻は21時を過ぎたところだった。食べ放題での夕食をおえ、今は帰宅しているところだった。
治と咲は、帰り道でも手を繋いでいた。咲はちらと彼と繋がっている手を見ては、口元を緩めていた。
手を握っている。そう自覚するたび、咲の中で嬉しさがこみあげてくる。
そうして、マンションまで何事もなくついた。
そこで治の手が離れてしまい、咲は名残惜しく追いかけるように視線を向けた。
「今日はありがとな、こんな遅くまで付き合ってくれて」
治が微笑み、咲は首を横に振った。
「遅くだなんて全然気にしていませんよ。とても、楽しかったです。次は私が奢りますからね」
今日は治に奢られてしまったので、咲はそう強く言い放った。
治は虚を突かれたような顔で、それから口元を緩めた。
「……ああ、楽しみにしているよ」
嬉しそうに治が微笑み、咲もまた口元を緩めた。
このまま別れるのはまだ名残惜しい。
治もすぐに帰るようなことはせず、まだそこにいてくれた。だからこそ、咲はスマホへと視線を向けた。
「あの……島崎さん」
「なんだ?」
「……い、一緒に写真を撮ってくれませんか?」
今までもずっと治との写真を撮りたかったが、中々切り出せずにいた。
勇気を振り絞っていった言葉に、治は戸惑った様子で頷いた。
「え? あ、ああいいけど」
「そ、それじゃあえーと……くっついて撮りましょうか」
「あ、ああ」
咲はそういって治のほうに近づいた。それからスマホを取り出し、真由美からメッセージがいくつも来ているのを見て、はっと気づいた。
「ま、真由美に連絡するの忘れていました……」
「え? な、何の話だ?」
ぽつりと漏らした言葉に治が反応する。内容が内容だったため、咲は慌てて首を振った。
「あー、いや……そのなんでもありません。少し相談をしていまして、また後で連絡すると話していたのですが、すっかり忘れてしまって」
「……今、返事をしたほうがいいんじゃないか?」
「そ、そうですね!」
スマホはそもそもサイレントモードにしてあり、なおかつ治と一緒にいる間、スマホは一切見ていなかった。
気づくのに遅れてしまったが、咲は急いでメッセージを送信した。
詳しい話はあとでします、と。
それから咲は改めてスマホのカメラを起動した。
それから咲と治は体を寄せる。咲は一生懸命に腕を伸ばしたが、治と一緒となると随分と難しかった。
「……俺が撮ろうか?」
「す、すいません……お願いします」
咲は諦め、治にスマホを託した。
「それじゃあ、撮るぞ」
「は、はい」
咲は髪を整えながら、じっとカメラを見る。
治が腕をすっと伸ばし、それから何枚か写真を撮る。
「どうだ?」
「……そ、そうですね。次は……もうちょっと近づいてもいいですか?」
今はお互いくっつかない程度の距離だった。治は頬を僅かに染めながら、こくりと小さく頷いた。
それから、咲はすっと治に体を寄せた。体重を預けるように体を近づける。
「……近すぎ、でしょうか?」
「……い、いや、大丈夫だ」
「……ありがとうございます」
咲は治の反応を確かめてから、その体に近づく。
そして、治はスマホを持たない側の手で咲の肩をそっと掴んだ。その不意の感触に驚いた瞬間、スマホのカメラが光った。
「し、島崎さん! 今の写真はダメです!」
「……いや、良い表情だぞ?」
治は少しからかうような調子で先ほどの写真を見せて来た。そこでは、驚いている咲と楽しそうな治がおさめられていた。
咲は頬を膨らませながら治を睨む。
治は苦笑を浮かべたので、咲は彼の手からスマホをすっと掴んだ後、治へとぎゅっと抱きついた。
「え!?」
そしてその頬を赤くした驚いた顔をすかさずカメラでおさめ、咲はしたり顔で治を見た。




