第55話
突然訪れた咲に約束を取り付けたあと、治は部屋に戻った。
私服へと着替えなおした治は、鏡の前に一度立った。
変なところがないのを確認してから、治は部屋を出た。
空はすっかり暗くなっていた。時刻は19時30分を過ぎたところだ。
(……誘うのなら、もっと早い時間の方がよかったよな。というか、昨日風邪で寝込んでた子を誘うのもアレだよな? 体調とかも聞いてからのほうが良かったよな……)
もちろん、朝に届いたメッセージで復活していることは知っていたが、直接話して聞くべきこともたくさんあったはずだ。
治は自分の失敗に落ち込みながらも、いつまでもそれを引きずってはいられないと切り替えた。
マンションへと向かった治は、そこで十分ほど待った。すると、息を乱しながら急いだ様子で私服に着替えた咲が駆け下りてきた。
その姿が可愛らしく、治は一瞬呆けてしまう。
「島崎さん?」
小首をかしげた姿は天使のようだった。現実に戻ってきた治はすぐに返事をする。
「あ、ああ……悪い。それじゃあ行こうか」
「はい」
治と咲は並んで歩き出した。それから治は、スマホを取り出し、
「ここに行こうと思っているんだが、どうだ?」
咲にちらとスマホの画面を見せた。
咲が体を寄せるようにしてスマホを覗きこむ。ぴたりと肘が当たり、治はどきっとしたが意識しすぎないようにした。
スマホを見ていた咲がこちらを向いた。その目は輝いていた。
「ここ、最近オープンしたお店ですね。行こう行こうと思っていたんですが、中々行けていなかったんですよ!」
「そうか、それなら良かった。次出かける機会があればと思って選んでおいたんだ」
「そうだったんですね。わざわざ見つけてくれてありがとうございます」
「いや、たまたま見つけてな。俺も行ってみたいと思ったんだよ」
咲が楽しそうに笑っている姿に、治も自然笑みを浮かべた。
「そうですか? 楽しみですねっ」
咲はにこりと微笑んだ。その笑顔だけで、治はくらりと眩暈のようなものを覚えてしまう。
「……そういえば、風邪はもう大丈夫なんだよな? 昨日倒れたのに誘って悪かったな」
メッセージはもらっていたが、改めて訊ねた。咲は風邪の影響など皆無のような笑顔で頷いた。
「いえ、全然気にしないでください。食欲に関してはすでに完全復活していますから」
「完全復活か……それは恐ろしいな」
「恐ろしいとは失礼ですね。別に普通ですよ、普通」
むすっと冗談交じりな笑みとともに頬を膨らました彼女に、治も同じように口元を緩めた。
店を目指し、二人は歩いていく。
「そういえば、お姉さんって何歳くらいなんですか?」
「今年二十歳になるんだ」
「そうなんですね。それで、美容師を目指されているんですよね……とても上手ですね。島崎さんにとてもお似合いで、驚きましたよ」
咲は頬を赤らめていた。治は前髪を弄りながら、苦笑する。
「本人はまだまだと言っていたな」
「……凄い、島崎さんに似合っています。その髪型……えーと、その世間一般を代表させてもらうのなら、かっこいい、と思います」
咲は頬を赤くしながらそういった。
その賞賛が照れ臭く、治は頬を掻きながら答えた。
「そ、そう……かな?」
「は、はい……髪というのは随分と人の印象を変えてしまうようですね」
「……そうみたいだな」
咲の反応が決して悪くない。髪を切るという決断は間違いではなかったようだ。




