第54話
『昨日交換したんだよ。万が一何かあったときに連絡取れたほうがいいと思ってね』
「……ふーん、そうなんですね」
『今私に嫉妬している場合なのかな? もっと重大な問題があるよね?』
真由美の言う通りだった。
「そ、そうでしたね……さすがに、私が自分で聞こうと思います。今から、直接会いに行って……みますね」
『ちょ、直接行くんだね。そこは行動力の塊なんだね?』
「……はい。そのあとやけ食いに行けるように、ですね」
『……ああ、なるほどね。場所が決まったら呼んでよ。私も行ってあげるから』
「……ありがとうございます」
咲はぐっと拳を固め、電話を切ってから玄関へと向かう。
制服のまま、治のアパートへと向かい、彼の部屋のチャイムを鳴らした。
『……はい、って飛野!? どうしたんだ?』
驚いたような治の声に、咲は嫌な想像をしてしまった。
今も一緒に女性といるのではないかという考えを振り払うように、首を横に振る。
「……すみません、突然来てしまって。その少しお聞きしたいことがありまして」
『ああ、分かった。今出るよ』
そこで咲は深呼吸をして、それからはっと顔をあげる。
勢いのままここまで来た咲だったが、そこからどのように質問しようかとは一切考えていなかった。
咲は自慢の頭脳をフル回転させ、質問の仕方を考えていく。
答えが導き出されたのと同時、玄関が開いた。
「悪い、待たせた」
そういって彼は簡素な服装とともに玄関へと出て、
「……え?」
その顔を見て驚いた。彼の整った顔、切りそろえられた髪に見とれた。
「……あー、その。髪切ったんだ。……へ、変じゃないか?」
「と、とても似合っています……」
見とれたままに、咲は言っていた。遅れて自分の発言に気付き、恥ずかしさから視線をそらした。
ちらちらと咲は視線だけを治に向けると、彼は嬉しそうに笑った。
「そうか、良かった。それで聞きたいことってなんだ?」
「……その、さっき真由美から……その、島崎さんが女性と仲良さそうにアパート前にいたと聞きまして、そのもしかして付き合っている方がいるとかなのではと思いまして、私色々とご迷惑をおかけしたかもしれないと思い、謝罪の必要があるのかもと思ったのですが……」
あくまで真由美が見たと言い張ることにした。
治は「ああ……」と遠くを見るようにしながら、ぼそりと言った。
「その人、俺の姉さんなんだよ。美容学校に通ってて、髪を……切ってもらったんだ」
「……お、お姉さんだったんですね? なるほど、そうではないのかと思いました」
咲はそれまで慌てていた自分を叱りつけるようにこくこくと頷いた。
自然、笑みも溢れてくる。
「それにしても、髪を切ってどうしたんですか?」
「……ああ、いや。少し気分転換でな」
「そうなんですね……とても、お似合いですよ」
咲は心からの気持ちを言葉に乗せた。治は嬉しそうに微笑んだ。
「……それで、飛野の用事はそれだけか?」
「はい。すみません、こんな時間に」
「……いや、いいんだ。そうだ。夕食まだだったら、一緒に食事でも行かないか?」
「え? はい、いいですよ。行きましょうか。……私も私服に着替えてから行きたいので、一度家に戻っても良いでしょうか?」
「とりあえず、駅前の食べ放題のディナーに行こうと思うんだ。どうだ?」
「はい……! もちろん構いませんよ……っ! 食べ放題、大好物ですから!」
「良かった、それじゃあまた後でな」
「はい、マンション前に集合で。すぐに準備しますね」
治と別れた咲は、スキップをしながらマンションへと戻った。




