第53話
部屋へと逃げるように駆け込んだ咲は、未だ動悸が治まっていなかった。
(……あんなに親しげで、楽しそうな島崎さん。初めて見ました……彼女、さんですよね? 私と出会ってから、知り合ったのでしょうか? ……もうまるで、家族のように親しかったですね)
リビングのソファにつき、それから呆然と天井を見上げる。
そして気づけば、目尻の涙がぽたぽたと垂れ、頬を伝う。同時に胸がぎゅっと締め付けられるような痛みに襲われる。
それまで、たくさん否定してきた。
――好き、というわけではない。
――居心地が良い、優しいから。
治と一緒にいる理由を問われたときはいつもそのような言葉を返していた。
だが――先ほどの映像が脳裏によぎると、嫌でも自覚させられた。
ぎゅっと締め付けられる胸の痛みの理由を、そのまま口にこぼした。
「……私、こんなに好きだったんですね」
口にすると、思いはあふれる。
否定はできなかった。
そして今更ながらの感情がいくつも湧き上がっていた。
隣にいたい、他の人に隣を歩いていてほしくない。
彼の笑顔を自分のものにしたい。彼のすべてを、自分のものにしたい。
傲慢とも思われるそんな数多の感情。
沸き上がる思いの数々を、必死に抑えつけるように、咲は唇を噛んだ。
一人では抱えきれなくなった咲はスマホを取り出した。
電話をかけた相手は、真由美だ。数コールの後、真由美が電話に出た。
『はいはい、もしもし』
「……終わりです」
『え!? 唐突な終了宣言!? ていうか、滅茶苦茶声が低いけどどうしたの? 風邪ぶり返しちゃった!?』
そんな慌てたような声をあげる真由美に、咲は嗚咽交じりの声をあげた。
「も、もう手遅れでしたぁー! 私の敗北ですぅー……っ!」
『こ、今度は咲っちの謎宣言? ていうか、どうしたの? いつも以上にポンコツ度が増してるけど、落ち着けー?』
慰めるように真由美の声が響き、咲は何度か深呼吸をしてからようやく目元の涙をぬぐった。
「……今日、島崎さんがアパートで仲良さそうに女性と一緒にいたんです」
『女性と? え? あー、なるほど。それで、終了宣言、敗北宣言、と……それで? その人って彼女さんなのかな? 聞いたの?』
「ま、間違いないですよ! 滅茶苦茶仲良さそうにしていました! あれでカップルでなければなんというのですか! まるで一緒に暮らしているかのようでした! そ、それに、島崎さんのお部屋のゴミ掃除を手伝っていましたし……っ!」
『……家族とかは違うの?』
「あ、あんな綺麗で若い人がお母さんなはずないです! あれはもう彼女なんですよぉーっ!」
『もう、焦ると本当に視野が狭くなるんだから……ほら、妹さんとか姉さんとか? あんまり島崎くん、女性と遊び慣れていなそうだったし、そもそも真面目そうな人だから付き合っているならきちんと話すと思うんだけどなぁ』
「……妹、姉……そ、その可能性は頭からすっぽ抜けていました!」
咲は真由美の天才的発想に、ただただ驚かされていた。
咲が驚愕して固まっていると、
『あぁ……そうなのね。それじゃあ、聞いてみたらどうなの? 結局のところ、本人に聞いてみないことには何も分からないよね?』
「き、聞いて彼女だったらどうするんですか?」
『新しい恋、さがそ?』
「……む、無理です……一年は寝込みます」
『それはそれで本気で寝込むのかどうか見てみたいね。そんなに咲っちが聞きたくないって言うのなら、私が今から電話して聞いてあげようか?』
「……待ってください」
『え?』
声のトーンを一つさげ、咲は真由美の顔を思い出し、むすっと頬を膨らませた。
「なぜ、連絡先を知っているんですか?」




