5 嫉妬と決心
―――海と喧嘩してから、十日が経った。その間、私は一度も海の家に行っていない。
「号外!号外!」
「…はい?」
朝。ロッカールーム。杉浦先輩。…あまり喜ばしくないシチュエーションだ、と私は思う。なぜならば―――。
「とりゃっ」
「!」
「あーあぁ…相変わらず残念な乳だねぇあんた。早く彼氏におっきくしてもらったら」
…これがあるからだ。
私は杉浦先輩を一瞥すると、彼氏いませんから、と言って着替えを再開した。
「あんたに彼氏いないってのが不思議なのよねー」
もしかして誰か心に決めたひとでもいちゃったりするわけ?杉浦先輩は言う。
「…いませんって」
タイトスカートとベストを着終わって、ロッカーの扉を閉める。古くなっている蝶番が、キィーと不快な音を立て、私は顔をしかめた。
「間が怪しい」
「怪しくない!です!それより、号外ってどうしたんですか」
彼氏だの心に決めたひとだのの話題を逸らすため、私は初めに杉浦先輩が叫びながら入って来た号外、という言葉をほじくりかえした。
助かったことに、彼女はあっさりそっちの話題に移ってくれる。というより、こっちの話題がメインだったらしい。
まぁ、あたりまえか。なんせ一度は準備終えて一階に降りていったはずの先輩が、わざわざ二階のここに戻ってきたんだから…。
「号外って、マジで印刷して新聞ばらまきたいくらいなんだけど」
「はぁ…」
なんかそんな重大な事件起こってたっけ?
考えるけれど、杉浦先輩の次の言葉でその必要はなくなった。
「キングが!」
…ああ
「彼女に!」
なるほど
「フラれたってー!」
海ネタか…。
「それは…号外ですね」
「って思ってないでしょう、アンタ!」
「思ってますよ、ちゃんと!きんぐが!?わぁそれってたいへんじゃないですかぁーっ」
「あ゛ー適当適当適当!空ってキングどうでもいい人種だもんね、言う相手を間違ったわ!」
…どうでもいい?―――むしろ興味ありまくりだよ、私のもんにしたいよ!
そう主張したいのを堪えて、私は代わりに、そうです思い出してくれましたかと平静を装った。
ったくもー、もうこんな生活抜け出したいったらない!
こんな…自分に嘘をつくような生活。
「なんでアンタいきなり不機嫌顔になってんのよ!」
「なってません!」
「なってんじゃないの!せっかくキングがはなさんとやらと別れて独り身になったってのに」
…色々違うような微妙に合っているような。
おもむろに、杉浦先輩はハァと息をつく。
「それにしても…あのキングがフラれるなんて、一体どんないい女なわけ?」
というか…猫です。
「あ、ねぇ空。あんたは参戦しないの」
「…はい?何にですか」
「キング争奪戦」
海争奪戦?
「向坂さん、お昼一緒しません?」
「あの、それよりだったら私お弁当作ってきたんで広場で…」
「向坂くん、今日の夜空いてる?………どう?」
なるほど、こういうことか。
昼休み。エントランスで繰り広げられる女の闘い。
私は、それを他人事のように眺めていた。…いや、実際ここでは他人事なんだもの。
ストレートにお昼を誘う人もいれば、初っぱなから弁当を作ってきてる人。なのに誘い方は控えめっていう人もいれば、あからさまにそっち系を誘ってる人。
…いろんな人がいるけれど、皆海狙いだってことに変わりはない。
受付に座りながらぼんやりと見つめれば、沸き上がるのはまぎれもない焦燥と、寂寥だった。
海はほんとモテる。今まで当人があんなドライな感じだったし、花さんがいたから私は無意識にタカをくくっていたのかもしれない。
―――海に特定の相手なんかできるわけないって。
だけどその認識は、今、数人の女性に囲まれてる海を見て覆された。
今の海はもう、ガードを解いている状態だ。
意識的なのか、無意識なのか。
花さんがいなくなったから脱力してるのか、期限がせまったお嫁さん探しを本格的に始めたのか。
…十日も離れている私には分からない。だけど、これだけは確かだ。
『海はガードを解いている』
より分かりやすく言うと、前まであった近寄りがたい冷たいオーラがなくなっているのだ。
今はなんかもう、来るもの拒まずな雰囲気を出している。
だから一気にモーションをかけてくる人が増えたのだろうと思うけれど。
相変わらず取り合いになっている渦中の人物を見やると、どうやら勝者はあからさまな誘いをかけていた女性らしい。その人以外は皆、散り散りになっていた。
まぁ口調からいってあの中で一番先輩みたいだし、綺麗だし、スタイルいいし…。
見ていると、海の腕に自分の腕を絡ませ、寄り掛かっている。見るからに豊満なバストが、自己主張するかのように押しつけられていた。
ああ…お似合い。海は今日午前であがるって杉浦先輩が情報持ってきたし、もしかして、あのまま二人でどっか行くのかなぁ…。
想像なんてしなきゃいいのにしてしまった私は、唇を噛みしめて俯く。
だめだ、だめだ。今は仕事中。顔―――上げろ。
自分に言い聞かせて顔を上げた。その瞬間、海と目がった。
―――他人のふりをする。
「空〜、お待たせっ。次はあんたが昼休け………空」
寄り添ってエントランスを出ていく二人を見送った。
「空…」
呟いて、先輩の指が私の頬を触る。
「あんた…泣いたの?」
指摘されてから気づいた。
私の頬には一筋だけ、涙の後が残っていた。
クライマックスですよ〜!来週もよろしくお願いします(´∀`)♪




