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4 消えた彼女

先週はすみませんでした↓話はできているので2話続けてUPさせていただきます(^∀^)

―――花さんが消えた。


頭が真っ白になった。


何で…どうしてだ?


花さんがいなくなるまでの経緯を思い出す。


仕事を定時であがり、まず空にメールを送った。


いつも通り来いよ、っていう意味を込めて。


家に帰った後すぐにカレーを作り初めて…その時にはまだいたはずだ。


そして作り終わって振り向くと―――花さんの姿はすでに消えていたのだ。


ほとんど放心状態の俺を、空の細い手が揺さ振る。


「おい、こらっ、海!ボケるな!部屋はくまなく探したの?」


「あ…あぁ」


「玄関のドアは開いてた?」


「…いや。帰ってきて鍵閉めて、それ以降ドアが開いたのは今が初めてだ」


「そう…じゃ、窓は?」


窓…。


記憶を掘り起こす。


俺今日、帰ってきてそれから―――。


「あー…開けた。換気して、それから閉めてない」


それか…。


「それだね。自業自得」


「っあー!!俺としたことが!」


初歩的ミス!!神がいるなら今すぐ時間を戻せ!


「大丈夫、すーぐ帰って来るって。たまには花さんも海から離れて、一人の時間を持ちたいんだよ」


落ち込む俺の背中をバシバシと叩きながら空は言う。


「オマエ…なんか面白がってないか」


「いや、気のせいでしょう」


「ほんとか?」


「うるさい、しつこい。カレーは?」


「…あるけど…」


「食べる」


厚顔不遜、堂々とそう言い放った空は、部屋に上がるとあたかも自分の家にいるかのようにさっさとテーブルについた。


俺はその姿を見ながら、思わず苦笑いが出るのを自覚する。


メール、間違ったか?


いや、でも…いつものこいつに戻って良かった。


「海、早く」


「ったく、ドコの姫だよ」


「ココの姫だよ」


「……………」


やっぱり間違ってたみたいだな。そんなことを思いながら俺は、カレーを温めるべく、コンロに火を点けるのだった。


―――こいつと話してたら、なんだかマジで花さんはあっさり戻ってきそうだと思えるから、不思議だ。


温めたカレーを器に盛って、空の前に置いてやる。


「さんきゅ」


にかっと笑う空の笑顔は、昔から変わらない。


ん、と返事をして俺は台所を離れ、すぐ隣の居間―――と言うにはいささか狭すぎるかもしれないが―――に腰を下ろし、テレビをつけた。


すぐ後ろに置いてある合皮のソファーの座る部分を背もたれにして、絨毯のうえに直接あぐらをかく。


このボロアパートじゃ、下手に音量も上げれやしない。


微妙な調節をちまちまと繰り返し、やっとのことでちゃんと聞き取れて尚且つうるさくない音量を見つけた。


最近流行りのナントカ―――残念なことに名前はインプットされてない―――が、四角い箱の向こう側で漫才をしている。


…おっ。こいつら結構好きかも。


最近の芸人と来たらただキテレツな格好をすればウケると思ってる奴が多くて、正直うんざりだった俺。


でも今映ってるコンビは、好きだと思えた。しっかり漫才してウケをとっている。


やっぱ芸人…いや、こうなると漫才師?


あ?芸人と漫才師は別物か?カテゴリーはどうなってんだ?


…ヤバい、なんか分からなくなってきたぞ?


本気で考え込んでいると唐突に後頭部がはたかれ、俺の意識は引き戻される。


「…いきなり人を叩く奴がどこにいる」


「愚問でしょ」


「…なに?なんか用か」


「いや、カレーごちそうさま。うまかったよん」


「は?当たり前だろ。俺を誰だと」


「私のコック」


空は普通の、ほんっとーに普通の顔してそう(のたま)った。


「あれ…私のおかかえコックだよね?」


「いや…そんな違ったの?みたいな顔されてもこっちがびっくりですから」


「―――ま、とりあえず座ろうか。海ちょっとそっち寄ってよ」


「…へぇへぇ」


なんなんだ。こいつマジで俺のこと、まさかとは思うが真面目におかかえコックだとか思ってんじゃないだろうな…。その時は、いくらなんでも鉄拳制裁だ。


「あ、そーいえばさぁ。知ってた?あんた同棲相手いるんだって」


「え、いるだろ花さん」


「…………………」


即答した俺に、空はこれ以上なく冷たい視線をくれた。


…部屋の空気二度は下がったんじゃないか?


「空、人を変態を見るような目で見るな」


「―――あぁそうでした。こいつに普通の反応を期待した私が馬鹿だった…」


「あ?」


「いいよもう、諦めた。あんたと花さんは同棲してんのよ。うん、それでいい」


わざとらしく嫌味たらしく、空は首を振りながらため息をつく。


そして、真後ろにある合皮のソファーにボスンと腰を下ろした。


「なんっか今馬鹿にしたな?」


「や、してないから」


「いや、したね。俺には分か………なぁ、空」


「…なに?」


「―――俺さ」


ふと真面目になった俺に、空が息を呑む気配が伝わった。


「俺…花さんと同棲し始めてから、一度も一人の夜を過ごしたことないんだ!今日寝られると思うか!?あのふっさふさであったかい花さんが傍にいないと思うと、俺絶対寝られない!!どうすれば…てか花さん本当に帰ってくるとおも」


「落ち着けッ」


バシッ、と顔に衝撃を受ければ―――空にクッションを投げ付けられていた。


「…痛い」


俺の膝のうえに、ベージュの四角いクッションが落ちる。


「あんたねぇ、もうほんっと二十六なんだからね?そこんとこわかってる?花さんがいないのは寂しいよ。それは認めるけど。…一人で寝るくらいできるに決まってんでしょ!?てかしなさいよ!」


空は怒鳴る。


「できない」


俺は反論する。


「できないから―――オマエ今日、泊まっていかないか」


「…………………………………………………………………………………………………………………はい?」


毒気が抜かれたような顔で、空はまぬけな返事をした。


「だから、オマエ今日泊まれよ」


「は…え…あの……………………………………………………………何で?」


物事に対して、ここまで動揺する空も珍しい。好奇心と加虐心がムクムクと首をもたげてきた俺は、ちょっと調子にのってトドメの一言を言ってみた。


「花さんがいなくて淋しいから。一緒に寝よう」


沈黙五秒。


最初はただぱちぱち瞬きを繰り返していた空は、その後何を想像したのか段々と顔を赤くしたすえ、目一杯こうわめいた。


「バッ…バッカじゃないの!?帰る!!」


ソファーから立ち上がるや否や、床に置いてあったハンドバッグをものすごい勢いで掴む。


一瞬後には駆け出そうとしていた。


「逃げるな」


そう冷静に言い置いて、俺は背を向けた空の右手を捕まえる。


くんっ、と引っ張ってやれば、空の身体がビクンと震えるのが見てとれた。


「なっ…今日のアンタ何?おかしいよ」


「そうかもな。花さんが家出したショックでおかしくはなってるかも」


なんて口では言いながら、その実俺は空が背中を向けてるのをいいことに、めちゃくちゃ笑いを噛み殺していた。


こいつ…耳やら首まで真っ赤にして。


ほんと、面白い。


こういう時の空の抵抗なんて、あってないに等しいようなものだ。


ほんの少し力を入れてくいっと引いてやれば、案の定空の身体は簡単によろけた。


立ち上がると同時に、それを支える。


背後から髪をかき上げて、昔からずっと触りたくてたまらなかった首筋に、そっと唇で触れた。


「ひゃッ」


ビク、と身体を震わせて、空は二十六年間聞いたことのないような声をあげる。


「う…みっ…」


非難の声があがるが、俺は聞かずにもう一度首筋に口づけた。


「ん、やっ…やめ」


こいつここがこのまま性感帯か?


そのまま、チュッと吸ってやる。すると、空は一際大きく身を震わせて―――


「やめろ、って、言ってんで、しょ!!」


―――背後の俺に、肘鉄を喰らわせた。


「ぐふっ」


み…鳩尾ッ?空の野郎、よりによって鳩尾に…っ。


「あんた一体、なんの了見があってこんなことしてるわけ!!私達彼氏彼女じゃないんだから!」


空は肩をいからせて、声を荒げる。それなのに、瞳は相反してひどく哀しそうな色をたたえていた。


涙の粒が、今にも目尻から零れ落ちそうなほどだ。


やべ…ちょっとやりすぎた?


でもな、と俺は反論を試みる。


「…今のは、空が悪い」


「はぁ!?なんでよっ」


「や、だって、オマエがあういう声出すから。もっと聞きたい、て思考が勝手にだな…ぶっ」


言葉は最後まで紡げなかった。


―――なぜなら再びクッションを投げつけられていたからだ。


痛みが治まるのを待って、俺の目の前に仁王立ちしている幼なじみを見やる。


「…………、」


なんだ、その顔。…俺が逆に反応に困るじゃねーか。


そこにいる空は、照れを怒りで隠しているような、恥ずかしそうな、それでいて今にも泣き出しそうな―――色んな感情が入り交じった表情をしていた。


そんな…難しく考えなくていいのに。


俺が思っていることなんて、いつも一つなのに―――。


「ほんとに、かえる。…ばいばい」


視線を床に落としたまま空は呟くと、静かに踵を返して部屋を出ていった。


―――最後はやけにおとなしくなったな。


不思議に思って、それでも止めることはせず、俺は空を見送るのだった。


明日になれば、きっとまたいつも通りに戻るだろう。…そう、思って。


だけど―――考えが甘かった。


その日から五日。


五日経っても、空はおろか花さんも帰ってこなかったんだ。


…部屋が広い、ご飯がまずい。


今夜もまた一人の部屋で、俺はため息をつく。


なんなんだよまったく…。


日に日に疲労が溜まってゆくのが手に取るように分かった。


花さんに触れたい。喉をなでなでしたい。前足を直角に曲げて、そこの毛並みを撫でたくて仕方ない。


うう…癒しが欲しい!


「うー…あーぁ」


それと同時に、空にも会いたいと思った。


いや、正確には話したいと思った。


会うだけなら毎朝会っている。


空は同じ会社の受付嬢をやっている為、顔だけは毎日合わせているのだ。


…他人として。


儀礼的に。


そんなの、会っているうちには入らない。


だけど、周りの目がある場所では俺たちは親しく話せないから仕方ない。


だから空も、夜に家に来る。


それが分かってるから、俺もあたりまえに迎える。


それが俺たちの日常だった。


また空を十代の頃のようなひどい目に合わせるくらいなら、俺は他人を選ぶ。


それだけのことだ。


だけどさすがに五日も他人でいると、ストレスが溜まって仕方ない。


…まだ少年だった頃から、分かってたんだから。


空とのあの軽い口喧嘩が、普段溜まったストレスをいつの間にか消してしまえる、たった一つの方法だってことは…。


―――約束の二週間まであと七日。


俺は部屋の壁にかけてある月捲りカレンダーを一瞥(いちべつ)して、本日二度目のため息をつくのだった。


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