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7日目-3

「さて、お前も聞きたいことがあるだろう。今日は調子もいいみたいだし、答えられるものには答えてやる」


 そう言ってレイスをまた抱え上げると、今度は後ろから抱きすくめられる形で、膝の上に乗せられた。


「また、この体勢かよっ」


 砂漠の夢幻境界でも、同じことがあった。あの時はまるで恋人同士がするような体勢に羞恥すると同時に、流れ込んでくる微弱な魔力に生殺しにされた。

 それを思い出してはっとする。まさか。じわりと熱が侵食してくる。すっぽりとヴァルディースの懐に収まって触れる面積が増えたせいで、全身を弄られてでもいるような錯覚に陥る。


「っ、あ、や、めろ、これじゃ、聞けるものも聞けない……!」

「ああ、すまん。うっかりしてた」


 慌てたヴァルディースにいきなり両手で持ち上げられた。全身を襲う感覚から解放されたものの、中途半端に煽られた熱がもどかしさを募らせる。


「わざと、やってるだろ、テメェ」


 ぜいはあと肩で息をしながら、きつく相手を睨みつける。ぶらりと四肢を弛緩させ、ヴァルディースの両手から垂れ下がる姿は滑稽だ。それに火照った頰と潤んだ目元。きっと威圧感なんてないに違いない。

 予想通り、ヴァルディースはレイスをベッドの上に下ろしながら、吹き出した。


「て、めぇ……っ!」


 拳を握りしめる。震える指先に力は全く入らない。腕を振り上げる力すらなく、八つ当たりのようにヴァルディースの腕をへなちょこの拳で殴りつけるのがせいぜい。


「すまんすまん。かわいかったもんだから、つい、な」


 かわいいだなんて言われて頭を撫でられる。かーっと顔が熱くなる。


「クソ、野郎……っ」


 罵る語気は弱い。屈辱極まりないのに、嫌ではないどころか、何気ないやりとりが嬉しい。そう思ってしまう自分に、余計に腹がたった。


「それで、何から説明してほしい?」


 ヴァルディースがベッドに枕を重ねて、そこに寄りかからされた。

 昂ぶった身体はまだ火照ったままだが、我慢できないほどじゃない。とはいえ、またきっと魔力ってやつが不足して飢えてきたらそれどころじゃなくなるのだろう。今は腹立たしさは置いて、情報が欲しかった。


「ユイスが、いた気がしたから……」


 闇の中で、ヴァルディース以外にも自分を呼んでくれる存在がいたような気がした。応えることはできなかったけれど、聞こえていなかったわけじゃない。

 けれど、ユイスはこの手で確かに殺してしまったはずなのだ。ガルグに操られて、奴らの狂宴に生贄として捧げるために。

 あのユイスは自分が望んだ都合のいい夢だったのだろうかと思う。ただ、それにしては妙に現実味を帯びていた気もして、確信が持てない。


「まあ、まずはそれだろうな」


 わかっている風なヴァルディースの口ぶりに、期待と不安がないまぜになる。


「ユイスは生きている」

「嘘だ」


 思わず否定する。信じられない。

 だって、確かにユイスは自分が殺してしまった。操られていたとはいえ、自分が放った炎に包まれて、断末魔を上げて目の前で。

 止めたかったのに、やめてくれと叫んだのに止めてはもらえなかった。炎の熱と痛みに悶え転げるあいつを見ているしかできなかった。

 やっと止まったと思った時には、跡形もなくユイスは消えていて、残ったのは燃え尽きた灰だけ。それをすくい上げて、自分は絶叫したのだ。ガルグも止められない暴走を引き起こした。


「嘘をつくなよ、あんたが! あんたからそんな気休めなんか、聞きたくもない!」


 ユイスが生きているはずがない。記憶を共有しているというのなら、ヴァルディースがわからないわけがないではないか。闇の中で見たのは夢だ。幻だ。そうでなければ、死んだユイスの幽霊か。

 死者の霊なんてものは、信じたこともないが、ガルグの闇の中だ。そんな非常識なこともあり得るかもしれない。

 けれど、生きているなんて、そんなことはあり得ない。あのガルグが許すわけがない。それともこれも奴らの企みなのか? 自分を苦しめるために。そうまでして、人間の苦痛を弄びたいのか、奴らは。


「落ち着け、レイス。ユイスは確かに生きている。ただ、生き返ったと言う方が正しい」


 ヴァルディースのセリフに、頭が真っ白になった。


「あいつが、生き返った……?」


 一瞬考えた可能性が現実味を帯びる。途端に吐き気がこみ上げた。この世界で死者を生き返らせることができるなんて、あの組織以外に考えられない。


「……っ!」


 ユイスが、ユイスまでもがガルグの化け物どもに弄ばれたというのか。自分のように、どんなに死を願おうとも許されることもなく、終わらない苦痛に苛まれる地獄を、味わわされた。


「そん、な……っ」

「レイス、聞け! ユイスは自分で望んだんだ。お前にもう一度会うために」


 ヴァルディースに両肩を鷲掴みされる。何を言っているのかわからない。

 ユイスが望んだ? そんな馬鹿な。あいつは泣き虫で、弱くて、何もできなくて、いつだってこっちが守ってやらなきゃいけなくて、そんな大それたことを望むようなやつではなかった。

 なぜ。どうして。

 ああ、まさか、もしかして。


「オレに復讐しに……?」


 そうか。そうだろう。殺されたのだ。この自分に。恨んで当然だ。殺したいと思うだろう。憎まれて当たり前なのだ。たとえそれがユイスだとしても。


「レイス、いい加減にしろ」


 呆然とする自分の頬を挟み込むように、ヴァルディースに掌を添えられはっとする。真正面に、苛立ちを露わにした厳しい表情があった。


「俺がお前を迎えに行った時、ユイスがなんて言ったのか忘れたのか?」

「忘れて、ない……」


 忘れるわけがない。ちゃんと覚えている。あいつは珍しく激しい剣幕で詰め寄ってきた。

 心配している。早く帰ってこい、みんな待ってる。そう言った。

 ユイスが怒ることなんて滅多にない。けれど怒るときはいつも、レイスが無茶をしたときだった。間違いなくあれはユイスだ。ユイスだと信じられる。


「でも、信じられなかったんだ……」


 だって、自分が殺してしまったのだ。なのに許された。許されていいはずがないのに、許されてしまったなら、どういう顔をして会えばいいんだ。


「会いたいんだろう?」


 問われて、ヴァルディースの顔がまた視界で歪んだ。


「でも怖いんだな」


 うなずいた拍子に、はらりと涙がこぼれ落ちた。

 認めたとたんに、涙はとめどなく流れ落ち始める。


「たとえ、許して、もらえても……、オレが……」


 自分を許せない。

 ユイスは許してくれた。それでも事実は変えられない。嘘でも夢でも幻でもない現実を、受け入れられない。

 ヴァルディースが頭を撫でる。ほっとする優しさだ。けれど同時に残酷でもあった。そんなんじゃなくて、いっそ抱いて欲しかった。

 何もかも考えずに、めちゃくちゃにして欲しい。溶けて忘れさせてほしかった。

 でもきっとこいつはそれを許してはくれないだろう。

 アイツのことも忘れるなと言われたのだから。

 

 

 

 

 

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