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7日目-2

 ヴァルディースが顔を覆い隠すレイスの手を退け、指先で頰の涙をすくい上げる。

 ただひたすらに優しいヴァルディースに、レイスもキスを強請るように手を伸ばし、首に腕を絡めた。

 じわりと身体を包み込むように流れ込んでくる魔力。そんな口づけはひどく甘い。

 優しい心地よさだというのに、それだけでいくらでも身体は昂り、狂ってしまいそうだ。

 でも、まだ。訳も分からなくなる前に、確かめたいことがいくらでもあった。


「本当に、あんたは消えないのか?」

「ああ。ガルグ相手に戦っても、ここにいるだろう?」

「長相手、でも?」


 ガルグの長、ヴァシル・ガルグ。およそこの世界において、レイスが知る限り最強だと思う人類の災厄だ。あいつに刃向かった者、気に入らなかった者は、ことごとく消された。それも皆弄ばれるように、簡単に。あいつに勝てる存在なんて、知らない。そんな相手でも、この男は消されることなどないと言うのだろうか。

 ヴァルディースを見つめる。言葉を選ぶように考え込むヴァルディースから、答えがなかなか返ってこない。

 不安がこみあげる。


「黙っていてもいつかはわかることか」


 吐き出された吐息に一層不安が膨らんだ。


「俺が消える可能性は、全くのゼロ、というわけじゃない」

「騙した、のか」

「そう取られても仕方はないな」


 否定さえしないヴァルディースに、怒りよりも恐れが先に込み上がった。


「俺もお前に伝えなければいけないことがたくさんある。だが、その前にこれだけは言っておく。俺がお前をどうこうするのは簡単だ。そしてお前が俺なしで生きることは、有り得ない。お前は俺の魔力で構成されているからな。俺が滅びるということは、お前が俺の眷属になったということは、そういうことだ」

「あんたが消えたら、オレも一緒に消えるのか……」


 生殺与奪はヴァルディースの手の中。そしてこいつが消える時は、自分もまた。つまりそういうことだと、まっすぐに見つめてくるヴァルディースの赤い瞳の中で、レイスは自分がほっと安堵していることに気がついた。

 だったら、いいか。

 自分一人が残されるわけではないのであれば、ヴァルディースと共に滅びることができるというなら、その違いは些細なことだ。

 不安が完全に消え去ったわけではない。本当はうそなのかもしれない。けれどでも、信じてみようという気に、レイスはなっていた。

 自分に殺されても死ななかったこいつを。それでも迎えにきてくれたこいつを。諦めるなと言ったこいつを信じることを、諦めないように。


「ただ、お前は俺の眷属だから、俺が消えた時にやってもらわなきゃならないことがある」

「オレがやること?」

「お前が特になにかをしなきゃいけないわけじゃない。俺がもし万が一、消えることがあるとするならその瞬間まで、俺がお前を愛し、お前も俺を愛して共に存在し続けてくれれば、それでいい」

「い、きなり、なんだよ、こっ恥ずかしい……」


 まるで直球で投げつけられた愛の告白みたいじゃないか。思わず敷布で顔を覆い隠す。いや、確かにこいつは真顔でそういうことを何度も言ってきてはいた。けれど、正気の時にそんなものを投げつけられたら、恥ずかしいだけ。


「重要なことだ」


 覆い隠した敷布を奪い去られ、額にキスをされる。

 傍に寝そべったヴァルディースに頭を撫でられ抱き寄せられると、触れ合う肌から温もりと共に魔力がじんわりと広がってくる。気持ち良さに、蕩けてしまいそうだ。

 顔が熱い。熱いのは、こいつの魔力が媚薬みたいな作用をするせい。頭を撫でられて嬉しいのは、眷属とやらになった本能のせい。本当は違う気がするけれど、そういうことにしておきたい。


「素直じゃないな」


 面白そうにくしゃくしゃと髪をかきまぜられる。うっとうしい。でも、嫌いじゃない。


「俺の魔力でお前は存在すると言っただろう? これからずっと、お前はそれを受け入れ、蓄積し続ける」


 ヴァルディースの手が腹をまさぐってくる。少し、くすぐったい。


「お前にはわからないだろうが、俺が持つ魔力はこの世界にある全ての炎の魔力に匹敵する。それだけの魔力をもつ存在は簡単には生まれない。おそらく、俺が今この場で消えたとしたら、世界からあらゆる熱源が失われ、太陽の光は地上に届くこともなく、世界は何百年も氷に閉ざされてしまうだろう」

「そんなにか……」


 昔、ガルグの仕事で世界最北の地域に赴いたことがある。レイスが育ったフォルマンの草原も夏は短かったが、それよりもさらに夏が短い場所だった。一年中気温が低く、冬は闇と氷に閉ざされる。それが何百年も続くと言われても、まるで想像ができない。


「さすがにそんなことになれば精霊たちも困る。だから精霊たちは眷属ってものを考えた。眷属は主人の魔力で生きる。そのかわり、主人が万が一消えてしまった時に、蓄積してきた魔力で次代を生み出すんだ。人間が子供を産むようなものだと思ってくれればいい」

「は!? ちょっと待て」


 今さらっととんでもないことをこいつは言わなかったか。


「眷属が子供を産む、って、オレが!? オレは男だぞ!」

「それは関係ない。基本的に精霊は性別がないし、生殖能力もない。子供を産むようなものだと言ったが、人間の生殖や出産とは根本的に違う。まあ、いずれわかる。それに俺が消えることがなければ、関係のない話だしな」


 いずれわかる、と言われても、いきなりの話すぎて困惑しかしない。ただでさえ、まだ自分が人間ではなく精霊になったということも実感できていないというのに、ここで更に子供を産め、なんて言われても。


「オレは承知してねぇぞ」

「承知しようがしまいが、お前が俺の眷属になった事実は変えられない。それとも、俺と共に生きるのは、やはり嫌か?」


 その質問はずるい。嫌だなんて、もう言えるわけもなくなっている。そして、こいつには考えていることなんて筒抜けなのだから、聞いておきながら最初から答えは分かっているはずだ。

 何も返せずに押し黙ると、ヴァルディースはやはり何もかもお見通しとでも言うように笑った。


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