7日目-1
眩しい光に目が眩む。意識がはっきりとしていくにつれ、まず感じたのはひどいだるさだった。
四肢にほとんど感覚がない。身じろぎしようとしてもろくに力も入らなかった。
いったいなにをしていたんだっただろう。思い出そうとするが、気だるさが勝って何も考える気になれない。
考えるのは諦めて、どうせガルグの実験で身動きができないほど痛めつけられたのだろうと思うことにする。手足がくっついているだけマシだろうか。
でも、その割に身体は妙な心地よさがある気もした。
そういえばここはどこなのだろう。ガルグの実験室にしてはベッドが柔らかすぎるし、光が眩しい。
あの世界は地下でほとんど光源なんかない。では何か任務の最中に気でも失ったのだろうか。でも、何の。
せめて何か見えないかと眩しい光を避けて首を巡らせる。
そこに映ったのは今まで見た中でも群を抜いて美しい装飾の天井と、レイスを抱きすくめるように眠る逞しい腕の赤い髪の男。
途端にまざまざと記憶が蘇ってきた。
かっと、身体が頭のてっぺんから足の先まで熱くなる。そうだ。自分はずっとこの男、ヴァルディースに抱かれ続けていたのだ。
朧げながらも覚えてるのは、感じたこともないような気持ち良さと、それに翻弄され、自ら求めて喘ぐ自分の痴態。
何度も何度もキスを、肉欲を強請り、男の力強い腕に抱かれて悦びに震えていた。思い出すだけで今まで感覚が遠かったはずの奥の奥がうずき、熱を持ってきてしまいそう。
「……っ」
実際、はあと吐く息が熱くなる。膝を擦り合わせて身をよじる。何も身につけていない肌が軽い羽毛の布団に擦れる。それだけで、じわりともどかしい熱が込み上げてくる気がする。
ああ、どうしたらいいのだろう。
けれど、それまでの容赦ない飢えのような感覚とは確かに違ってもいた。
昨日まではもう飢えたら最後。理性なんか吹き飛んで、疼くナカに熱く滾った雄をぶち込んでほしいと、狂ったように泣き叫んで、ただひたすらヴァルディースを求めていた気がする。
思い出すと、顔から火が出そうだった。
今まで男に強請ったことは数あれど、あんな、欲に支配されてなりふり構わず自分から求めるなんて。今すぐ記憶を抹消したくてたまらない。
本当に、いっそ死ねるものなら死んでしまいたい。
抱きすくめるヴァルディースの分厚い胸板にレイスは顔を埋めた。
「さすがにもう死ぬのは勘弁してくれ」
不意に頭の上から降ってきた声に顔を上げる。いつの間にかあの男が目を覚まし、呆れたように笑っていた。
「ぁん、たっ……」
起きていたのかと言いかけて、声が出ない。がらがらに涸れてしまっていて、どれほど喘いで叫んでいたのか思い知ってしまう。
だが、顔を背けようとしたのに簡単に顎を掴み取られて、口づけられた。
その途端、絡みつき舐られる舌先から口内に蕩けるほどの甘美な魔力が流し込まれてくる。
「っ、ふ……ぁ、あっ」
それだけで全身が震える。気を抜けば一瞬で意識が飛んでしまいそうだ。指先から足先までこわばり、もどかしさに奥が疼く。
それでも震えながらも耐えていたレイスに、ヴァルディースがおや、と首を傾げた。
「少しは飢えもおさまってきたのか」
ヴァルディースの唇が離れたとたん、物足りなさがこみ上げた。
「っ、も……っ」
もっと欲しいと、理性に反して強請りそうになってしまうのを、むりやり首を振って意識を保とうとする。
でも、流し込まれた熱が体の中に激しく暴れまわり、耐えがたい。
ぎゅっと敷布を握りしめ、大きく息を繰り返す。そんなことをしても気休めにもならない。
散々弄られ貫かれ続けていたはずなのに、なんでこんなことになっているのか。
「っ、ぁ……」
じわりと、目尻に涙が溜まり溢れ落る。
「無理はしない方がいい」
「さ、わ、んな……っ」
頭を撫でつけようとしてきた相手にきつくにらみつける。
今、こいつに触れられてしまったら、本当に理性が持たなくなる。
「なんだかあの砂漠の夢幻境界にいたときみたいだな」
ヴァルディースが呆れたようにまた笑った。
「さっ、きから、なん、だよ……」
人のことを笑いやがって。そう言いたかったのに、軽々と抱き起されて、膝の上に座らされた。
「っ――!」
情けないほど簡単に、全身を快楽が突き抜けた。そんなことをするつもりもないのにヴァルディースを求めてしがみつこうとしてしまう。そんな自分に、一層泣きたくなる。
「昨日までだったらとっくに飛んでたはずだってのに、やっぱりやっと飢えが解消してきたみたいだな」
優しく背中を撫でやられるのが腹立たしい。
飢えとか、しかもこっちにはわけがわからない。
「前にも言っただろう。お前は俺の眷属になった。俺の魔力を拒否できるわけがない、って」
確かに、そんなことを前に聞いたような気がする。
でも、あの時はこんなに溺れるほどではなかったはずだ。
「あの時はまだお前は人間の名残があったからな。だが、ロゴスに取り込まれてその残り滓も消えた。おまけにその間、魔力を取り込むこともできなかった。その反動が、今きてるわけだ。もうこうして一週間くらい経つ」
「いっしゅ――っ!? ぁっ、ああっ」
つまり一週間もこいつに抱かれっぱなしだったということか、と衝撃を受けたのも束の間、唐突に耳元を甘噛みされ、悲鳴が上がった。
ヴァルディースの身体にしがみつく。腰を抱えるように強く抱きしめられて頭がくらくらした。ヴァルディースが触れる刺激がすべて、一番強く感じるところを責めたててくるようで、我慢しようとしても声にならない悲鳴が溢れてしまう。たったそれだけなのに、意識が飛びそうになる。
「だから我慢するな。欲しいと言ったのはお前だろう?」
耳元で低い声音にささやかれて、ぞわりと何かが背筋を這い上がった。
全身が震えた。
ヴァルディースの背をかきむしる。
それでも求めるのを躊躇していると、呆れたようにヴァルディースが手を離す。そのとたん後ろに倒れこみそうになるのを、やさしく抱き留められて、寝台に横たえられた。
息が荒い。身体の震えが止まらない。でもそれは怯えなどではなく。
ヴァルディースが欲しい、という願い。
「っ、ぅ……ぁ」
認めているのに認められない願いと、溢れて止まらない涙と、火照って冷めない頬に顔を覆う。
求めたのは自分。
闇から連れ戻されて、泣き崩れながら欲しいと強請った。わざと言葉で言えと執拗に責め立てられて、言わされた。でもそれは確かに、自分が望んでいながら、言葉に出来ていなかっただけのことだ。
ずっと側にいろと。
おまえが。ヴァルディースが、オレの側にいるべき存在なのだと。
確かに言った。
そしてこいつはそれに応えた。
腹立たしいほどに、こいつの言う通り。
腹立たしくて憎たらしい。こちらのことなんておかまいなしで、勝手にこっちの思考と記憶まで読んでしまう、くそったれの人間ですらない犬畜生。
けれどでも、だからこそ隠すことなどできるわけもなく、レイスの本当に求めていたものをさらけ出されてしまった。
ずっと、側にいること。もう二度と自分の手で傷つけなくていいこと。
その願いが裏切られることなくこれからも続いていくのだとしたら、なんと幸せなことか。
けれど、でも、だからこそ、口にしてしまうのは、怖い。