086 生け贄
キラキラが絶望したような表情を作り、そのまま膝から崩れ落ちた。
勝った!
いや、何に勝ったか分からないけれども、勝った気分だ。
「それで、学ぶ赤さんに会いたいんですが、どちらでしょうか?」
周囲を見回し、聞いてみる。
「あ、ああ、はいなのです」
衝撃から立ち直った豪華な胸当てさんが反応する。
「学ぶ赤というのは――様のことだと思うのです。お前は――様を何処にやったのです」
そのままキラキラさんの前に立ち、何故か通訳してくれる。言葉は分かっても名前が発音出来ない、理解出来ないのは少し不便だ。
「アレなら、聖域送りにしたのです。もう間に合わないのです。お前たちが、向かったところで、辿り着いた頃にはファア・アズナバール様の生け贄になっているのです」
キラキラが崩れ落ちていた顔を上げ、嫌な笑い顔を作る。
「聖域とは何処ですか?」
嫌な笑顔を作っているキラキラを無視して豪華な胸当てさんに確認する。
「聖域とはファア・アズナバール様が眠っているところなのです。あの飛竜たちの住処でもあるのです」
飛竜の巣。学ぶ赤は、そこに送られた。飛竜は蜥蜴人を喰らうようだ。
……。
「その聖域へと向かうには、どうすれば良いですか?」
豪華な胸当てさんは首を横に振る。
「もう間に合わないのです。飛竜にはすぐの距離でも、自分たちには三日の距離なのです」
学ぶ赤さんが拘束されて、すぐに飛竜の巣に送られているとすれば、もう飛竜の巣の前まで進んでいてもおかしくない。
あの襲撃してきた飛竜が住んでいる場所が聖域なのだろう。あの時、飛竜を倒さずに拘束しておけば、いや、逃げていった飛竜に掴まって巣へと向かっていれば間に合っていたかもしれない。
しかし、もう、その手段も使えない。
どうしよう?
どうすれば、良いんだろうか。
周囲を見回す。
偉そうな蜥蜴人は絶望した表情で座り込んでいる。
キラキラは崩れ落ちた格好でありながら勝ち誇った顔をしている。
豪華な胸当てさんは全てを悟りきったような悲しい表情をしていた。
復活した衛兵の一団は、どうして良いのか分からないのか、お互いの顔を見合わせて困っていた。
銀のイフリーダは――この事態を楽しそうな表情で眺めていた。
……。
まずは、そう、まずは、だ。
衛兵の一団を見て、それを探す。
そして、一人の衛兵にそれを見つける。
驚きの表情でこちらを見ている衛兵の前まで歩き、その腰につけた『剣』を引き抜く。
「借りるね」
衛兵は驚いた表情で固まっている。
探していたのは、これだ。
借りた剣は、刀身がぐにゃぐにゃと曲がっている鉄製の剣だった。刀身が炎の揺らぎのように曲がっているので切れ味はあまり良さそうじゃない。それでも他に刃物を持っている衛兵は見つからなかったので、これを使うことにする。
ぐにゃぐにゃ刀身の剣を持ち、飛竜の死骸へと歩く。
そして、目を閉じる。
暗闇の中、魂の輝きを、マナ結晶を探る。
……。
見えた。
飛竜の死骸の中にある、マナ結晶を探り出し、ぐにゃぐにゃ刀身の剣で切りつける。
その一撃は、飛竜の外皮に小さな線を作り――そして、剣が折れた。
『あの硬い大蛇を真っ二つにした一撃でもちょっと傷を作るくらいがやっとなんて……この剣が悪いのかな』
折れた剣を投げ捨て、切り裂いた小さな傷の中に手を突っ込む。そして、その中からマナ結晶を引き抜いた。なかなか大きなマナ結晶だ。掴むのがやっとのサイズである。
『イフリーダ、このマナ結晶で何とかならないかな?』
『ふむ。無理なのじゃ』
銀のイフリーダが猫尻尾を揺らしながら、とてとてと歩いてくる。
『それはそれとしていただくのじゃ』
そして、そのまま自分が掴んでいるマナ結晶にかぶりついた。かぶりつき、そのまま飲み干す。
『あ、通貨……』
『ふむ。我はこれを喰らうくらいの手助けはしたと思うのじゃ』
『そ、そうだね』
今回も銀のイフリーダの力を借りて、何とかなった。その報酬として、これは当然だろう。仕方ないのだった。そう、仕方ないのだ。うん、仕方ない。
『でも、どうしよう』
腕を組み、考える。
何とか、何か方法が……。
と、その時だった。
この闘技場に武装した集団が現れた。
『え? 何?』
その人たちは、衛兵や豪華な胸当てさんたちと比べると、ぼろ――粗末な格好をした一団だった。手に持っている剣や弓も使い古したような、何とか武器としての形を保っているというようなものばかりだ。
突然、現れた集団に、衛兵たちが守りを固める。その動きは素早く、練度の高さがうかがえた。
「生け贄反対派の奴らなのです!」
キラキラが叫んだ。
あ、やっぱり、そういう集団もあるんだ、なんて考えていると、その一団から、見覚えのある顔が現れた。
「ソラ、助けに来たのです」
それは学ぶ赤だった。
そして、こちらの様子と、残っている飛竜の死骸を見て、首を傾げていた。
「た、助けに来たのです?」
疑問符を浮かべている学ぶ赤の元気そうな様子を見て、ため息が出た。
助けに行く必要はなくなったようだ。




