083 競技
ふんぞり返っていた蜥蜴人は偉そうな態度のまま金属製の弓を引き絞り、矢を放っていく。
並べられた四角い的に次々と矢を命中させ、それを破壊していく。
これは並べられた的を早く破壊した方が勝ちとか、そういう競技なのだろうか。
自分も負けじと手製の弓を引き絞り、木の矢を放つ。しかし、放たれた木の矢は当然のように命中しない。水を吸ったことで歪み、重心がおかしくなっているのだろう。
それでも、木の矢を放つたびに微調整を繰り返し、何とか四角い的に当てることが出来た。
『やった!』
しかし、その当たった木の矢は四角い的に刺さることなく簡単に跳ね返され、宙を舞った。
何とか意地で一発だけ当てたが、それも偶然――奇跡のようなものだ。
次々と四角い的を破壊している偉そうな蜥蜴人は、こちらを見て得意そうに笑っている。
『あったまっ、くるぅなぁーっ!』
カチンときた怒りを口に出さないように抑え込み、心の中で叫ぶ。
『ふむ』
銀のイフリーダは、そんな自分を見て、口の端を上げニヤリと笑う。とても楽しそうなご様子だ。
『こちらはルールも分からない、道具も悪い。向こうは何度も練習したであろう場所で道具も優れたものだ。これで勝ち誇るなんて、むかつくなぁ』
『ふむ。ならば、我に任せるのじゃ』
銀のイフリーダは腕を組み、こちらを見る。
『さすがに、この状況ではイフリーダの力でも……何とかなるの?』
『もちろんなのじゃ』
銀のイフリーダは笑っている。
……。
イフリーダなら、この状況でも覆すことが出来る?
『分かったよ。なら、いい。イフリーダの手は借りないよ』
『どうしてなのじゃ?』
こちらの反応が意外だったのか、銀のイフリーダは不思議そうに首を傾げていた。
『イフリーダの力で何とかなるってことなら、それは自分の力不足だったってことだから。だから、今回は、この結果を甘んじて受けるよ』
『ふむ』
銀のイフリーダは、少しの間だけ、驚いた顔でこちらを見て、そして、楽しそうに笑った。
矢筒が空っぽになりそうな勢いで木の矢を放つが、やはり四角い的には当たらない。
大きなため息を一つ吐き、空を見上げる。
快晴だ。
周囲の、観客席の、こちらを見て笑っていた蜥蜴人たちは、飽きだしたのか、退屈そうにしていた。欠伸をしている蜥蜴人もいる。
この結果は見世物として、当然の結果――非常につまらないものだったのだろう。
もう一度、ため息を吐く。
悔しいなぁ。
と、そこで青空に、影を――まだかなりの距離はあるが、何か凄い勢いで迫る影を見つける。
『イフリーダ、あれ』
『うむ。こちらに迫ってきているのじゃ』
影は一つではない、いくつもの影が、空を飛び、こちらへと迫ってきている。
『何だろう、大きい』
こちらへと迫っている影は翼を持った何か巨大な生き物だ。
「どうしたのです。手が止まっているのです。我との力の差を理解したのなら潔く散るのです」
偉そうな蜥蜴人が何か言っている。
それよりも、大きな影だ。
それは巨大な蜥蜴の前足が翼に変わったかのような生き物だった。四メートルくらいの大きさだろうか、いや、尻尾まで入れれば十メートルくらいの大きさはありそうだ。
そんな生物が――生物たちが、大きな翼を広げ、空を飛んでいる。
『あの巨体で空が飛べるなんておかしい』
観客席の蜥蜴人の一人が、こちらへと迫っている影に気付いたのか、大きな叫び声を上げた。
『もしかして、あの迫っている生き物が、偉そうなのが言っていたファア・アズナバールって神様? その割には沢山いるみたいだけど』
観客席に座っていた蜥蜴人たちが、叫び声を上げて、立ち上がり、慌てて逃げ出す。ちょっとした暴動だ。
「なぜ、飛竜がこちらに来るのです!」
迫っている存在にやっと気付いたのか、偉そうな蜥蜴人が叫び、金属製の弓を構える。
『どうやら、あれは飛竜って生き物みたいだね。そう言えば、学ぶ赤が、その名前を出していたような気がするよ』
飛竜たちが迫る。
早い!
飛竜たちはあっという間に闘技場の上空にまで迫っている。
それは観客席の蜥蜴人たちが逃げるのよりも速かった。
飛竜の一匹が、急降下し、その足で逃げ惑う蜥蜴人に襲いかかる。
「戦士を狙うのです! 戦士はこちらなのです!」
偉そうな蜥蜴人が威嚇するように叫び、金属製の弓を引き絞り、矢を放つ。
放たれた金属製の矢が襲いかかっていた飛竜の足に当たり、そして跳ね返されていた。
『あの飛竜ってずいぶんと硬いみたいだね』
『魔獣とはそういう生き物なのじゃ』
『そういえば、自分が弓を使った時も、イフリーダは、そんなことを言っていたね』
銀のイフリーダは言っていた。弓なんておもちゃ同然だって。スコルにすら通じない、と。まさしく、その通りだった訳だ。
偉そうな蜥蜴人が、何度も、何度も、それこそ矢筒が空っぽになりそうな勢いで矢を放つ。しかし、その全てが跳ね返される。
「飛竜の一匹程度に負けないのです!」
偉そうな蜥蜴人が叫ぶ。
『あの飛竜って生き物は蜥蜴人を餌だと思っているのかな?』
『ふむ。あまり良い関係ではなさそうなのじゃ』
偉そうな蜥蜴人が繰り返す、その攻撃を鬱陶しいと思ったのか、観客席を襲っていた飛竜が、こちらへと向き直り、飛びかかってきた。
偉そうな蜥蜴人は、それを待っていたかのように、先ほどまでよりも強く金属製の弓を引き絞る。そして、矢を放つ。
金属製の矢が勢いよく飛び、迫っていた飛竜の目に刺さった。
「やったのです!」
目に矢が刺さった飛竜は、飛びかかっていた途中の空中で体勢を崩し、落下した。そのまま巨体が闘技場の舞台を転がる。
しかし、すぐに何事もなかったように立ち上がった。
そして、こちらを睨む。
飛竜の残った目は、怒りによって燃えていた。
上空では、十匹ほどの飛竜が、こちらに襲いかかるタイミングを計って旋回している。
一匹でも危険なのに、まだ残りが空で待っている。
『これは自分の力で何とかするとか言っている場合じゃなさそうだね』
突然の状況の変化に大きなため息が出た。




