082 水没都市跡
キラキラと衛兵二人に連れられて天然の洞窟を加工したと思われる通路を進む。豪華な胸当てさんは一緒に来てくれないようだ。
最初に、先ほどまで入っていた牢屋へと連れてこられた時に使った道とは逆方向に進んでいる。もしかすると洞窟の奥へと向かっているのかもしれない。
今現在、自分が歩いている道は洞窟の二階部分に相当するようで、右手側が崖になっている。その崖の下を水が流れている音がした。一階部分は水に沈んでいるのかもしれない。
暗闇に包まれた洞窟を歩き続けると巨大な金属の扉が見えてきた。今歩いている二階部分は行き止まりになっており、一階部分に相当する水が流れている崖下の道、その中央部分を、その扉が完全に塞いでいる。
金属の扉で水をせき止めている?
牢屋もそうだったが、こんな水気のある場所で、錆びて老朽化してしまう可能性のある、そんな金属を使うのはどうなんだろうか? 手入れするのも大変だと思うのだが――この施設は、蜥蜴人たちが作ったと思っていたが、もしかすると、最初から有る物を何も考えずに使った結果なのかもしれないと考え直した。
もしそうだとすると、ちょっとがっかりな感じだ。
衛兵の一人が、今居る二階の通路から下へ飛び降りた。ばしゃんと水が飛び散った音が洞窟の中に響く。蜥蜴人の体は流れている水の上に出ている。下を流れている水はあまり深くないようだ。
下に降りた蜥蜴人が扉の方へと歩いて行く。その扉の横には重そうな金属製のレバーが取り付けられていた。
蜥蜴人が取り付けられている重そうな金属製のレバーを引っ張っていく。それに合わせて周囲に、何か、金属と金属がかみ合う、ぶつかり合う音と、何かがまわっているような音が響いた。
金属製の大きな扉が上へと、持ち上がっていく。
扉が開かれる。
その扉の先は――光に包まれていた。
まぶしい。
何も見えない。
「進むのです」
後ろに立っていた衛兵の一人が、こちらが突然の光に目がやられていることなどお構いなしに、手に持った長い棒を使い、進めとばかりにせき立てる。
行き止まりになっている二階の道を進む。
壁。
闇に包まれていた時は行き止まりにしか見えなかったが、まぶしいくらいの外の明かりの下で見ると、壁際に小さく急な角度の階段が取り付けられていることが分かった。
滑って転けないように気をつけながら階段を降りる。
そして開かれた扉の先へと進む。
そこは太陽の明かりに照らされた地上だった。
扉の先は膝ほどまでの水に埋もれた道が作られている。キラキラと衛兵はすいすいと泳ぐように水の中に沈んだ道を進んでいく。ついて行くのがやっとだ。
水に沈んだ道の幅はあまりなく、踏み外すと、底が見えない深い水の中に落ちてしまいそうだ。巨大な湖の中に道と牢屋を作ったのだろうか。
ある程度、外の眩しさになれると、道の先に大きな建物があるのが分かった。それは、まるで何かの闘技場のようだった。
どうも、そこへ向かっているようだ。
膝ぐらいまである水に足を取られ、進みが遅いこちらを、苛立たしげな様子で衛兵が見ている。人は水の中をすいすいと歩くようには出来ていない。だから、これは仕方ない。
闘技場のような建物も水没しているのかと思ったが、沈んでいた道はゆったりとした上り坂になっているようで、近づくにつれ、水に沈んでいる部分は減り、歩きやすくなった。
闘技場のような建物の入り口の左右には、その建物に沿うような形で階段が作られている。もしかすると観客が二階に上がるための階段かもしれない。
もちろん、自分は、そちらではなく、正面の道へ進めと催促される。なんとなく、待ち受けている状況が予想できてため息が出た。
『まるで闘技場みたいだね』
『うむ』
水に濡れないように自分の首にぶら下がっていた銀のイフリーダが、手を離し、飛び降りて、楽しそうに頷いていた。
正面の道を進んだ先は、予想通り闘技場だった。
吹き抜けになった大きな円形の舞台の周りは高い壁に囲まれており、その壁の上が観客席になっているようだ。多くの蜥蜴人たちが、そこに座って、何かを期待するようにこちらを見ている。
円形の舞台の中央には一人の蜥蜴人が立っていた。いや、偉そうにふんぞり返っている。
長い袖の法衣のような衣装に金属製の胸当てをつけている。その手には金属で作られたと思われる、鈍く輝く弓と矢があった。
ふんぞり返った蜥蜴人が金属の弓を空へと掲げる。
「――は、この者を戦士だと言ったのです。それが正しいかどうか、その資格があるかどうか、この――が自ら確かめるのです!」
舞台中央の蜥蜴人の大きな声に応えるように観客席の蜥蜴人たちが手を上げる。
「この試しは我らが神、ファア・アズナバール様に捧げられた神聖なものなのです!」
舞台中央の蜥蜴人の言葉に歓声が起こる。耳が痛いくらいだ。
『なんとなく、予想通りの展開だね』
『うむ。そうなのじゃ』
このまま戦いになるのかと思ったら、正面奥の扉が開き、そこから色々な道具を持った蜥蜴人たちが現れた。
現れた蜥蜴人の一人が、手に持った木製の弓と矢筒をこちらへと突き出した。それは自分が豪華な胸当てさんに預けた手製の弓と矢筒だった。矢筒には、学ぶ赤が作った木の矢が入ったままだ。
よく分からない状況に首を傾げながらも、ありがたく受け取る。
現れた他の蜥蜴人たちは何やら丸が描かれた四角い板を並べていく。
『これ、もしかすると……』
現れた蜥蜴人の一人が、こちらを見て指を差している。どうやら、立ち位置が決まっているようだ。指差した場所まで歩き、そこで待つ。
すると金属製の弓を持った蜥蜴人が隣までやって来た。
「ふん、こんなヒトシュの幼体を戦士と呼ぶとは――も堕ちたものなのです。ヒトシュごときが、我の隣に立てるだけでも感謝するのです」
なんだか、偉そうなことを言っている。
その蜥蜴人が重そうな金属製の弓を引き絞り、矢を放った。放たれた矢は並べられた四角い的の一つを貫き破壊した。
板が砕けた。
恐ろしい威力だ。
金属製の弓を持った蜥蜴人は自慢げな様子でこちらを見ている。ちょっとため息が出た。
受け取った手製の木の弓に木の矢を番え、引き絞る。木の弓と木の矢の状態が分かってため息が出た。
それでも、木の矢を放つ。
木の矢は風の抵抗に負け、あらぬ方向へと飛んでいった。
こちらを見ていた観客席の蜥蜴人たちから笑いの渦が起きる。
『思っていたとおり、水に濡れて歪んじゃってるね。いきなりで当てるのは難しいよ』
さて、どうしたものか。




