072 イカダ
まずは並んでいる丸太の処理だ。
表面、上側の皮だけを剥いだ丸太の長さを確認し、出来る限り同じ長さで三等分になるように、石の斧を叩きつけて印をつける。
印をつけたところに、何度も、何度も、石の斧を叩きつけ削っていく。とても地道で時間のかかる作業だ。
これが木を切断するのに向いた刃物であれば、金属で作られた刃の斧であれば、もっと簡単だったのだろうが、今、手元にあるのは、この手作りの石の斧だけだ。
何度も石の斧を叩きつけ、地道に削る。
太陽が真上に近づいた辺りで、やっと一カ所の切断が終わった。
石の斧を叩きつけて削っているので、どうしても切り分けた大きさに、考えていたものとのずれが出てしまうし、切り分けた部分が汚くなってしまう。しかし、こればっかりは仕方ない。
『お店で売るような商品を作っている訳じゃないから、使えれば良いんだから、これでも良いよね』
学ぶ赤の故郷で金属製の道具があれば、是非、手に入れたいところだ。
ちょうど良い時間なので、作業の手をいったん止めて食事の準備を行う。お昼ご飯だ。
「ガル」
「ソラはいつも早いのです」
肉を焼いている匂いに誘われたのか、スコルと学ぶ赤が起きてきた。
いつものメニューで食事を行う。早く改善したい。
「学ぶ赤さん、昨日、言い忘れていましたが、矢筒の調子は良かったです。助かります」
「良かったのです。追加で木の矢を何本か作ったので、使って欲しいのです」
学ぶ赤が指さした方を見ると、おしゃれな壺の口から木羽根が見えていた。壺を矢の保管庫として使っているようだ。
……。
壺だ。
でも、使い道があるのは良いことだ。
「えーっと、はい。壁作りもお願いします」
「分かっているのです」
学ぶ赤が得意気な顔で胸を叩いていた。
今は学ぶ赤の寝床として使われているが、故郷に帰って貰った後は、自分が使う場所になる家だ。出来る限り完成に近づけて貰えると、こちらも助かるし、嬉しい。
食事後、丸太の切り分け作業を再開する。学ぶ赤は窯のところで何かの作業を、スコルは一面だけ壁が作られた雨よけの下で丸くなっていた。
石の斧を丸太に、何度も、何度も、叩きつける。
時間をかけて丸太を切断する。これで一本の丸太が三つに分かれた。
「ふぅ」
額から流れた汗を拭う。
まだ一本目の切り分けが終わっただけだ。
切断する必要がある丸太は、まだ二本も残っている。これは頑張ってペースを上げていかないと駄目なようだ。
二本目の丸太を切り分けた頃には空が紅く染まり始めていた。今日の作業はここまでだろう。
晩ご飯に肉を食べて――そう、また肉だ。
シェルターに入り、膝を抱えて眠る。
翌朝、日が昇り始めたところで、植えた植物の確認を行う。
植物には実がなっていた。
白い花には、小さな赤い実が。
青い花には、毒々しい小さな紫の実が生えていた。
『もう実がついているなんて、凄い成長速度だね』
『うむ』
いつものように、いつの間にか自分の横には銀のイフリーダが立っていた。
『この紫の実って食べられると思う?』
『ソラに耐性があれば、お腹が痛くなる程度で済むと思うのじゃ』
銀のイフリーダの言葉に肩を竦める。
『それって毒があるってことだよね』
『そうなるのじゃ』
……。
これは食べられない。
『はぁ、失敗か。なんで、こうなったんだろうね。これは使い道が……って、あれ?』
銀のイフリーダの言葉を反芻する。
耐性があればお腹を壊す程度の毒。
そこで気付く。
『これ、木の矢に塗って使えば、毒矢になるんじゃないかな? そこまで劇的なものではなさそうだから、獲物を狩る時にも使えるよ』
『ふむ。良いと思うのじゃ』
失敗したと思ったが、予想外に良いものが育ったかもしれない。後は実戦で使えるかどうかと、この紫の実が増やせるかどうかだ。
良いものが見つかったと、嬉しい気持ちで丸太の切り分け作業を行う。気分が良いと作業も捗る。
昼前には最後の丸太の切り分けが終わっていた。
後は丸太同士を結んでイカダを作るだけだ。
「うん、お昼ご飯にしよう」
いつものように、いつもの肉を焼いたもの。しかし、気持ちの問題だと思うのだが、今日は美味しく食べることが出来た。
お昼ご飯を食べた後は、残りの組み立て作業だ。
丸太と丸太を木の皮で編んだ丈夫な編み紐で縛り付ける。三本を一組として結び、補強する形で若木から作った棒で挟み込む。さらにそれを丈夫なツタで結びほどけないようにする。
これで最初に作った小さなイカダと同じものがもう一個作られたことになる。
同じ作業をさらに二回繰り返す。
これで四つの小さいイカダの完成だ。
「やっと、ここまで来たよ」
その頃には日が暮れ始めていたが、残りの作業を考え、このまま作業を続ける。
小さな四つのイカダを並べ繋げていく。補強するように若木で作った棒を挟み、結びつける。
イカダがどんどん横長になっていく。
最後の一個を繋ぎ終え、作業は終了だ。
これで最初に作っていたものよりも、かなり大きな、横長のイカダが完成だ。
しっかりと結び、さらに木の棒と木の棒で挟んで結んでいるので、簡単にはバラバラにならないだろう。
形は良くないが、使えれば問題無いのだ。
もっと言えば、学ぶ赤の住む地まで保てば良いのだ。
これで完成だ。
完成した頃には日が落ちていた。
明日は出発のための準備を行い、湖に浮かべるのは明後日になるだろう。かなり横長なサイズなので、慎重に湖に浮かべないと折れてしまいそうだ。
後は……。
『うん、雨が降らないことを祈るばかりだね』




