069 花が咲いた
夕ご飯を終え、日が落ちる前に眠る。
そして朝日が昇り始める前に起きる。もう、これくらいの時間に起きるのが習慣になってしまったようだ。
朝食の準備を始め、朝日が昇り始めたところでイカダ作りの開始だ。
まずは、湖の側に並んでいる、持って帰ってきた木の処理から行うことにした。
最初に行うのは、枝を折っていない、そのまま持って帰ってきた一本目の処理だ。枝を折り、葉を取り、それらを焚き火の近くに置く。乾燥していないので、今は、焚き火に使うことは出来ないが、そのうち使えるようになるだろう。
次に表面の樹皮を、それも上になっている部分だけを剥いでいく。剥いだ樹皮は後で編んで編み紐として活用する予定だ。
この作業だけで、もうお昼近くになっていた。
『もう、こんな時間だね』
とりあえずお昼ご飯の用意だ。といっても、いつものように小動物の肉を炙るだけだ。あまり古くなっても良くないので、湖に沈めていた蛇肉も使うことにした。
「ガル」
肉を炙っているとスコルが起きてくる。今日は、蛇肉を使った分、いつもよりも肉の量が多いから頑張って食べて欲しい。
「美味しいのです」
いつの間にか起きていた学ぶ赤はちゃっかりと肉を食べている。飽きないのだろうか? 自分は飽きた。早く他の物が食べたくてしょうがない。
最初の頃と比べれば、飽きたなんて言えるようになったのだから贅沢な物である――と、肉に飽きたと感じるたびに、そういった最初の頃のことを思い出し、無理矢理、炙った肉を食べる。飲み込む。
食事終えた後、作業を再開しようとして材料が足りないことに気付く。
丸太を結んで補強するための木が無い。足りないのは、色々なことに利用している若木を加工した木の棒だ。
今日はこれから丸太を三等分に切り分けるつもりだったが、予定を変更する。材料が全て揃ってから一気に作り上げてしまいたいからだ。
『予定を変更するね。今日はこれから東の森の奥へ若木の採取に向かうよ』
『ふむ。了解なのじゃ』
東の森の奥へ向かうための準備を行う。手に骨の槍を持つ。そして、今日は石の短剣の代わりに石の斧を腰紐に結びつけ、籠を背負う。
『今日は石で作った短剣や折れた剣はお休みなのじゃな』
『今日は、これを使ってみようと思ってね』
弓を手に取り、矢筒を腰に下げる。
『ふむ。練習はどうするのじゃ』
銀のイフリーダは、弓と矢を使うには、まだ練習が足りないと言いたいのかもしれない。
『実戦で学ぶよ』
『ふむ。良いと思うのじゃ』
銀のイフリーダは『それもよかろう』程度にしか思っていないようだ。
これで東の森の奥に向かう準備の完了だ。
「ガル」
食事を終えて丸くなっていたスコルが、自分が準備を行っていたのを見ていたのか、手助けが必要か、という感じで起き上がる。
首を横に振る。
「スコル、今日は大丈夫だよ」
スコルが、そうか、という感じで再び丸くなり、目を閉じる。
『ふむ。今日はどうしたのじゃ』
銀のイフリーダはスコルを連れていかないことを疑問に思っているようだ。
『弓と矢の練習だからね。だからスコルには遠慮して貰ったんだ』
『ふむ。繋がらないのじゃ』
銀のイフリーダは首を傾げている。
『あれ? 弓って、隠れて、遠くから、こっそりと使う物じゃないの? スコルが居ると目立つかなって思ったんだけど』
『ふむ。我はあれを盾にして使うべきだと思うのじゃ』
銀のイフリーダと自分では弓の運用について考え方の相違があるようだ。
『遠くから撃って仕留められなかった時は、この骨の槍でとどめを刺すよ。数が多くて厄介だと思ったら逃げるよ。その時は、改めてスコルにお願いするかな』
こうなってくると若木の採取が目的なのか、弓の運用が目的なのか、分からなくなってくる。
当初は弓の練習にもなって一石二鳥だと思ったのだが、二兎を追う者は一兎をも得ずの例になりそうな雰囲気である。
頭を振り、気持ちを切り替える。
「あれ?」
と、そこで東の森の入り口の小さな違和感に気付く。
「あれは……」
東の森の入り口に植えた小さな赤い実の植物が花を咲かせていた。丸く白い花だ。
『どうしたのじゃ』
横に立っていた銀のイフリーダが不思議そうにこちらを見る。
『芽が出たばかりだと思ったのに、もう花が咲いている』
異常な成長速度だ。世話をしていないのに、水もあげていないのに、もう花が咲いている。
適当に種をばらまくように植えたので、その数は憶えていないが、六輪ほど花が咲いている。
『この植物って、こんなにも成長が早いの? それとも環境?』
『ふむ』
銀のイフリーダは答えない。もしかすると、どうでも良いと思っているのかもしれない。
『そうだね。気にしても意味が無いよね。やるべき事をやろう』
弓を持つ手に力を入れ、東の森へと踏み入る。
身を潜め、ゆっくりと歩いて行く。
すると、途中で、木の葉が揺らいでいるのを見つけた。歩くのを止め、その場で弓を構える。
何かが動いている気配を追いながら、矢筒から木の矢を引き抜き、番える。
ゆっくりと音をたてないように弓を引き絞っていく。
そして、放つ。
何かに当たった手応え。
木の上から何かが落ちてきた。
弓をおろし、ゆっくりと、慎重に骨の槍を持ったまま、何かが落ちてきた場所へと進む。
それは喉から木の矢を生やした、いつもの小動物だった。小動物は目を閉じ、動かない。
『命中だね』
倒した小動物を回収しようと手を伸ばす。
と、その瞬間、小動物の目が開いた。喉から木の矢を生やした小動物が、鋭い牙の生えた口を開き、飛びかかってきた。
とっさに手に持っていた骨の槍で貫く。
一撃。
骨の槍で貫かれた小動物はピクピクと痙攣し、すぐに動かなくなった。
『まさか生きていたなんて』
『その木の矢は魔獣を殺しきるほどの力が無かっただけなのじゃ』
『魔獣の生命力は恐ろしいね。これは……影からこっそり一撃、というのは難しいかもしれないね』




