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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
竜の聖域

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064 弓と矢

 早朝、朝日が昇り始めたところで弓の練習を始めることにした。本当は木の矢の制作者である学ぶ赤にも見て貰って細かい調整を行いところだが……学ぶ赤はまだ眠っているようだ。

 わざわざ起こすほどのことではないと思い、練習を開始する。


 東の森の入り口に並んでいた木の一つを的代わりに弓を構える。木の矢を番え、弓を引き絞る。弓がギリギリときしむような音をたて曲がっていく。この弓を作った時は、両手で引き裂くように持って、やっと引けるくらいだったのに、今は問題無く引き絞ることが出来る。いや、問題無くと言っても、全力全開でやっと引くことが出来るという感じだが、それでも弓として引き絞ることが出来るようになっていた。


 いつの間にか、この弓が引けるくらいの筋力がついていたようだ。


 ここでの生活をはじめて――弓を作った日から、そんなに日数は経っていないはずだが、これは、もしかするとそれだけ生活が過酷だったからなのだろうか。


 何にせよ、弓は引ける。


 後は放つだけだ。


 狙い、放つ。


 木の矢が風を切って飛ぶ。


 そして、的代わりの木の横を駆け抜けていった。


 次の矢を番え、放つ。


 そして、的代わりの木の狙っていた場所よりも、幾分か上の場所に刺さった。

『矢の軌道が、思っていたよりも弧を描かないみたいだ。弓を重く作ったからかな』

『ふむ。距離が近いからだと思うのじゃ』

 いつの間にか横で腕を組んでいた銀のイフリーダが反応する。

『そういうものなの?』

『そういうものなのじゃ』


 銀のイフリーダの言葉を参考に、立っている場所を変えてみる。最初の時が二、三十メートルくらいの距離だったので、次は倍にしてみた。


 弓に矢を番え、狙い、放つ。


 木の矢は、ひゅんと風を切って飛び、すぐに木へと刺さる。


 狙っていた場所よりも、今度は幾分か下の場所に刺さったようだ。

『射程距離は五十メートルくらいって感じかな』

『ふむ。遠距離と言うには一瞬で詰められてしまう距離なのじゃ』

『それでも先制で使うには充分な距離だよ』


 もう一度、弓に矢を番え、放つ。


 木の矢が少しだけ弧を描き、狙った高さ、狙った場所の少し横に刺さった。

『あまりぶれないね。もしかして……自分は、結構、弓の才能があるのかも』

『ソラではなく、矢の性能と弓の強さなのじゃ。この距離なら命中して当然なのじゃ』

 銀のイフリーダの少し厳しい評価に、少しだけがっかりする。


『でも、それなら、この木の矢は、結構、凄いってことだよね』

『うむ。あやつには物作りの才能があるのやもしれないのじゃ』

 綺麗に加工された木羽根の矢を見る。確かに自分が作ったものよりも作りが丁寧だ。


『ま、まぁ、でも、これで弓も使えるね』

 と、そこで銀のイフリーダが腕を組み、首を傾げる。

『どうしたの?』

『上手く出来ておるが、今のままではおもちゃ同然なのじゃ。これからの魔獣との戦いでは心許ないと思うのじゃ』

 銀のイフリーダの弓に対する評価は低いようだ。作りを褒めてくれたのに、それをおもちゃ扱いされるのは少しだけ納得がいかない。

『おもちゃって……。それを言ったら骨の槍も、石の短剣も、折れた剣も、どれも武器と呼ぶには心許ないものばかりだよ』

『その装備の貧弱さを補っているのが神技なのじゃ』

 と、そこで銀のイフリーダが、丸くなって眠っているスコルの方を見る。


『この程度では魔獣の強靱な外皮に弾かれると思うのじゃ。ほれ、そこでのんきに寝ているあやつにすら通じぬと思うのじゃ』

『う、うーん。そうかな?』

 銀のイフリーダがニヤリと笑う。


『試しに撃ってみると良いのじゃ』

『いや、さすがにそれは駄目だよ』

『問題無いのじゃ。撃ってみれば、我が問題無いと言った意味が分かるはずなのじゃ』

 木に刺さるほどの威力の木の矢を仲間であるスコルに向けて放つ。そんなことが出来るはずがない。


 首を横に振る。


『ふむ。分かったのじゃ。しかしまぁ、撃ってみたとしても、あやつの毛皮に跳ね返されていただけになるはずなのじゃ。あやつからすれば、木の枝が飛んできたと思う程度のはずなのじゃ』

『木の枝程度でも問題だよ』

『ふむ。意外なのじゃ』

 銀のイフリーダは首を傾げている。


『何が意外なの?』

『おぬしならば、その程度のこと、意に介さず行うと思っていたのじゃ』

『イフリーダは僕をなんだと思っているの。仲間には攻撃しないよ』

 そこで銀のイフリーダは腕を組み目を閉じ、何やら考え込む。それは何かを思い出そうとしているように――何か記憶との齟齬を修正しようとしているように見えた。


『とりあえず弓の練習を再開するよ。学ぶ赤さんは弓の存在を知っていたのだから、住んでいる場所では実際に使われているってことのはずだよ。それなら、イフリーダには物足りなくても、その周辺くらいでは通用すると思うんだ』

 そこで銀のイフリーダが目を開き、組んでいた腕をほどいた。

『だから、あやつは雑魚なのじゃ』

 そしてニヤリと笑う。


『イフリーダの理想が高いだけだと思うよ』

『ふむ。いや、そういう場所までソラに到達して欲しいから故なのじゃ』

『うん、分かってるよ。でも、今はこれで……』


 と、そこで自分の体が勝手に動く。

『イフリーダ?』

 いつの間にか銀のイフリーダが首に手を回している。

『目指すべき先を見せた方がソラの励みになると思うのじゃ』

 体が動き、一瞬の動作で弓を番え、放つ。番えたと思った瞬間には矢が放たれていた。


 そして的代わりの木に穴が開いていた。一瞬にして穴が開いている。矢が木に当たり貫通したところすら分からなかった。


『神技ラピッドアロー、この程度の距離なら、これくらい出来て初めて使い物になるのじゃ』

『……これは』

 言葉が出ない。


 確かに、これを当たり前だと思っているのであれば、自分がやっていることはお遊びでしかないだろう。

『この弓と矢がおもちゃ扱いにならないように頑張るよ』

我様が不穏です。

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