062 魔法的な
「なんと、イカダとは、この湖を渡るためのイカダなのですか? 水の上に浮かんで人を運ぶイカダなのですか! 船を劣化させた、板を浮かべただけのイカダなのですか!」
学ぶ赤は混乱したように周囲をキョロキョロと見回している。
「すいません、それ以外のイカダが浮かびませんが……いや、イカダは水に浮かぶんですが、それのことだと思います」
「そ、それをどうするのです」
学ぶ赤が不安そうに、何かを期待するように、こちらを見る。
「学ぶ赤さんが、やって来た――あなたが住む地へと向かうために使うつもりですよ」
「おお! 助かるのです」
学ぶ赤は嬉しそうだ。
「はい。それで学ぶ赤さんに聞きたかったんですが……」
「何でも聞くのです!」
学ぶ赤がこちらへと身を乗り出す。とても早い、こちらが退くほどの恐ろしい勢いだ。
「いや、あの、お一人で……こちらにやって来たのは知っていますが、学ぶ赤さんが住む地までは、どれくらいの距離があるんですか?」
これは重要なことだ。かかる日数によって食料や飲み水の用意する量が変わってくる。
「それは一日かかるくらいなのです」
「一日です!?」
学ぶ赤の言葉の意味を考える。思っていたよりも――自分の想定よりも近い。
でも……。
「はい、一日中なのです」
学ぶ赤の言葉に疑問符が浮かぶ。
「一日中……ですか? もしかして寝ずに動かして、それだけということですか」
しかし、それは予想外だ。
それでも一日で着くというのなら、無理をするのもアリなのだろうか。しかし、暗くなる夜の間もイカダを動かすことの問題は多い。
進んでいる方向が分からなくなったり、何かに乗り上げてイカダが壊れてしまったり、少し考えるだけでも、色々な問題が浮かんでくる。
やはり、夜の間にイカダを動かすのは問題だ。
学ぶ赤を見る。学ぶ赤は不思議そうに首を傾げている。もしかすると学ぶ赤は夜目が利くのかもしれない。
そうなると夜の間は動かない方がいいかもしれない。
学ぶ赤がやって来た時よりも大変そうだ。一日で到着、というのは無理だろう。
「はぁ……問題が山積みですね」
学ぶ赤は変わらず不思議そうな顔でこちらを見ている。そして、軽くポンと手を叩いた。
「なるほど。ソラは勘違いしているのです」
学ぶ赤が、乾燥した木の枝を一本拾う。
「これを見て欲しいのです」
学ぶ赤は、そのまま湖の方へと歩いて行く。慌てて、その後をついていく。
「これなのです」
学ぶ赤が木の枝を湖に浮かべる。良く乾燥している木の枝は湖に浮かび、ちょっとやそっとのことでは沈みそうになかった。
学ぶ赤が湖に浮かんでいる木の枝に両手を開き、伸ばしている。
「水流と門の神ゲーディア、水門を開き水の流れを動かす力を授けて欲しいのです――ウォーターストリーム!」
湖に浮かんでいる木の枝の後ろに水の流れが生まれていく。木の枝が動き出した水の流れに乗って進んでいく。
「これは?」
「後は水の流れが勝手に運んでくれるのです」
学ぶ赤が何やら得意気だ。
魔法的な力? こんな方法が……。
「予定を変更します」
自分の中では、イカダに櫂を取り付けて動かすつもりだったが予定を変更する。
「ど、どういうことなのです?」
学ぶ赤は、こちらの言葉を聞いて不安そうにしている。
「いえ、当初はイカダを漕ぐつもりだったので、サイズを小さく、必要最小限で動かすつもりでした」
作っていたイカダを見る。三本の丸太を組み合わせただけの、人が二人も乗ったらいっぱいいっぱいの小さなイカダだ。
「この力は、もっと大きな形でも動かせますよね?」
作っていたイカダを指さし、確認する。最初に湖に浮かんでいた船のサイズから考えても間違いないはずだ。
「もちろんなのです。水に浮かべば、後は何とでもなるのです」
学ぶ赤の言葉を聞き、納得し、頷く。そして、小さなため息が出た。
出来れば最初から教えて欲しかった。
いや、聞いておくべきだったのかな? しかし、こんな方法があるなんて予想できる訳がないじゃないか。
……。
過ぎたことを考えるのは止そう。
まずは計画を変更して……。
「イカダを作り直して、もう一回り大きくします」
「おお! 頼むのです」
大きくなれば色々なものが運べるし、イカダでの移動が快適になる。
「今日のこれからの予定を変更して、自分は東の森の奥まで進んで木を切ってきます」
食事が終わり、丸くなっていたスコルの方を見る。スコルは、小さく欠伸をし、分かったよ、という感じで片目を開けた。
「学ぶ赤さんは、この後も窯で、作ったものを焼き続けてください。やり方は分かりますよね」
「ソラのやり方をしっかりと見ていたので大丈夫なのです」
「ただ、焼いてすぐに外に出すと温度差で割れてしまう恐れがあるので、窯から出す時は慎重に」
「分かったのです」
学ぶ赤が頷く。そして、弓と矢のことを思い出した。
「えーっと、矢の方は、すいません。また今度で良いでしょうか?」
食事後に矢の試し撃ちをする予定だったことを忘れていた。
「大丈夫なのです。帰るための手段を優先して貰った方が嬉しいのです」
学ぶ赤が、気にしないようにという感じで微笑んだ。
「では、森に行ってきます」
右手に石の斧、左手に折れた剣。腰には石の短剣を差す。今日は背負い籠は持って行かない。採取を行う予定はないからだ。
必要なのは木のみ。
「スコル、悪いけど今日も頼むね」
「ガル」
ゆっくりと立ち上がり、こちらへと歩いてきていたスコルが、大したことじゃない、という感じで頷く。
ん? なんでも?




