060 種を植える
採取を終え拠点に戻る。
拠点には――大量のよく分からないデザインの壺が並んでいた。その沢山の壺の中心で学ぶ赤が楽しそうな表情で棒状の骨を削っている。
「えーっと、これは?」
「おお、ソラが戻ったのです」
学ぶ赤が楽しそうな表情のままこちらを見る。
もう一度、沢山並んでいる壺を見る。
「えーっと、これは?」
「作っているうちに楽しくなってきて色々な形を試してみたのです」
学ぶ赤は満足気だ。
「そう……ですか」
どちらかというと、壺よりも水筒や、もっと言えばレンガの方が沢山欲しかったのだが、学ぶ赤の表情を見ていると何も言えなかった。
「これから小動物の肉を捌こうと思うんですが、手伝って貰っても良いですか?」
「任せるのです」
学ぶ赤と一緒に小動物の肉を捌く。取り出したマナ結晶は今後のために取っておく。
じーっとこちらを見ている銀のイフリーダの視線が怖い。
……。
『イフリーダ、これ』
視線に耐えきれなくなり、一つだけマナ結晶を差し出す。
『今日は、これで勘弁してください』
『うむ。仕方ないのじゃ』
銀のイフリーダがマナ結晶をぱくりと飲み込む。そして、そのまま腕を組み、ニヤリと笑った。
小動物の肉を串に刺しあぶり焼きにする。
「毎回、似たような食事ですが、飽きませんか?」
「飽きる? 飽きる訳がないのです」
学ぶ赤は美味しそうに肉を食べる。ただ焼いただけでも美味しく食べられるのは、とても良いことだと思う。
「明日は、学ぶ赤さんが作ってくれた土器を焼きますね」
「楽しみなのです」
学ぶ赤は楽しそうだ。なんだか、学ぶ赤は、ここでの生活を満喫しているように感じる。これで良いのだろうか。
「ご飯を食べ終わったら、自分は寝るので、学ぶ赤さんは自由にしてください」
学ぶ赤がゆっくりと頷く。
学ぶ赤の表情に、明日は出来れば壺よりもレンガを作って欲しいなぁ、と思いながら眠りにつく。
翌朝、まだ日が昇り始める前に目が覚める。最近は眠るのが早いからか、このくらいの時間に起きるのが普通になってしまっている。
今日もスコルと学ぶ赤は寝ているようだ。まだ朝日が昇る前から無理に起きて貰う必要も無いので、そのままにする。
『今日はこれかな』
折れた剣を右手に持ち、構える。
『ふむ。今日は剣の神技の鍛錬を行うのじゃな』
銀のイフリーダがいつの間にか横に立っている。
『うん、こう、暗いと、出来ることも限られるしね。それに学ぶ赤さんの目があるから、変なことも出来ないし』
素振りを続けながら銀のイフリーダと会話を続ける。
『ふむ。それが理由で最近は言葉の訓練を止めていたのじゃな』
銀のイフリーダは腕を組み、猫耳をピクピクと動かしている。
『あー、うん。そうだね、それもあったね。学ぶ赤さんにはイフリーダの存在が見えていないみたいだからね。端から見ると、一人で、言葉を――言語を閃いているようにしか見えない変な行動は避けるべきかな、って思ったからね』
銀のイフリーダがニヤリと笑う。
『気にする必要は無いのじゃ』
『そう?』
銀のイフリーダが行った神技を真似するように、折れた剣を下げ、鞘に収めたかのように剣先を背後に向けて構える。
『うむ。こやつ程度の小物が何かしたとしても影響はないのじゃ』
『イフリーダの目的には、って、ことだよね』
折れた剣を抜き放つ。
『うむ。その通りなのじゃ』
『分かったよ。今日から、言葉の習得も再開だね。それにしても、上手く出来ないね』
銀のイフリーダが放ったように無数の斬撃を放つことが出来ない。剣は刃で斬るものだ、という常識に縛られているのが失敗する原因かもしれない。
『うむ。何事も練習なのじゃ』
朝日が昇り、少し明るくなってきたところで焚き火を作り、朝食にする。今日も代わり映えのしない小動物の肉のあぶり焼きだ。毎日、肉ばかりだと栄養が偏って倒れてしまうんじゃないだろうかと不安になる。
『せめて、魚だよね』
『ふむ?』
銀のイフリーダは自分の言葉の意味がよく分からなかったのか、首を傾げている。
『うん、毎日、同じだと飽きてしまうってことだよ。最初の頃のことを思えば贅沢な話なんだけどね』
食事の後は作業を再開だ。
東の森の入り口近くの土を掘り起こし、小さな山を作る。そこに昨日採取した小さな赤い実から取り出した種を埋める。
「何をしているのです?」
「こうしておけば、上手くいけば森の奥までいかなくても、ここで採取できるからね……って、うわっ!」
いつの間にか自分の背後に学ぶ赤が立っていた。
「いつから、そこに?」
「今、なのです。ソラは何かに夢中になっていると周りが見えなくなるのですね」
学ぶ赤が優しく微笑んでいる。
……。
学ぶ赤の存在に気付けなかった。
どうにも、この拠点が安全だという思い込みと、何かあったらイフリーダが教えてくれるだろうという甘えがあったようだ。
「えーっと、ここに種を植えたので踏まないように気をつけてください」
学ぶ赤の存在に気付けなかった自分を情けなく恥ずかしいと思い、少し早口で喋る。
「分かったのです」
「学ぶ赤さん、朝ご飯にしますか?」
学ぶ赤は首を横に振る。
「朝は不要なのです。それよりも早く作ったものを焼きたいのです」
もしかすると学ぶ赤は、作った土器を焼くことが待ちきれなくて早起きしたのかもしれない。
「分かりました。窯の準備をします。乾燥した木の枝が必要になるので、一緒に拾って貰っても良いですか?」
「任せるのです」
学ぶ赤が楽しそうに頷いた。




