006 若木
森の中を進んでいく。
「少し薄暗いかな」
木々はその枝を大きく伸ばし太陽の光を遮っている。
『ふむ。ところでソラよ。何を目指しておるのじゃ?』
先頭を歩いていた猫姿の彼女が振り返る。
「とりあえず行動範囲を少し広げようかなっと。後は出来れば細長くてまっすぐ伸びた木を探したいかな」
『なるほど。了解なのじゃ』
銀の猫が頷く。
銀の猫とともに薄暗い森の中を歩いて行く。何処かで何かが蠢いているガサゴソとした物音の中、少し湿り気を帯びた落ち葉を踏みしめ歩く。
歩きながら体を支えるように片手を木に置く。木の外皮は堅く荒々しく触れていると手がかぶれそうだった。
「この木を切り倒すのは苦労しそうだね」
『ふーむ。ソラには、いずれそれくらいは出来るようになって欲しいのじゃ』
「そうなの? が、頑張るよ」
なんとなく、イフリーダの期待が重いと思いながらも森の中を進む。
『ふむ。この辺は結界が近いからか、弱いものたちばかりのようなのじゃ』
「結界?」
『この森の奥にある何かを封印した結界なのじゃ』
「何か?」
『うむ、何かなのじゃ』
何かを封印した? イフリーダは、その何かを知っているのだろうか? いや、考えても仕方ないかな。もし彼女が何かを知っていたとしても、語る必要が無いと思ったから教えてくれないのだろうし、それにさ、本当に何も知らないのかもしれないじゃないか。
「弱いもの?」
『うむ。そこらに隠れてうろちょろとしているものたちなのじゃ』
「何か生き物が隠れているのか」
『ふーむ。ソラは知らぬのじゃな。先ほど魚の中にあったようなマナ結晶を体内に取り込んだ魔獣たちじゃ。人は手っ取り早くマナを手に入れるために狩りを行っていたと思ったのじゃが、知らないのは意外なのじゃ』
「へ?」
思わず驚きの声が出てしまう。
「魔獣?」
『そうなのじゃ』
銀の猫は当たり前という顔でこちらを見ている。
「もしかして、あの青い狼もそうなの?」
こちらの様子をうかがっていた視線の主――最初にイフリーダが撃退してくれた青い狼。
『そうなのじゃ』
腕を組み少し考える。マナ結晶という名前の、あの石を体内に持った動物? 危険なのだろうか? でも狩っている人がいるということは動物と変わらないような……。
うーん、よく分からない。
「とりあえず危険はないんだよね?」
『とりあえずは、なのじゃ』
「わかったよ。とりあえず最初の通り、細長い木を探したいかな」
こちらの言葉に銀の猫がニヤリと笑い頷く。そしてそのまま森の中を進んでいく。遅れないようにその後を追いかける。
踏みしめた落ち葉に足を取られながら森の中を進んでいると周囲の雰囲気が変わった。
陽光を隠すように枝を伸ばした大きな木に隠れるように2メートルほどの長さの手でつかめそうな太さの若木がまばらに生えているのが見え始めた。
「森の雰囲気が変わった?」
『結界の外に出たようなのじゃ。ソラ、気をつけるのじゃ』
「了解。でも、目当ての木は見つかったね」
若木に近寄る。長さは充分。上の方は少しだけ枝が伸び葉がついているようだが、簡単に削り落とすことが出来そうだ。
折れた剣を持ち若木の下の方にあてる。折れた剣を大きく振りかぶり木をこる。
折れた剣の切れ味は余り良くないが若木の太さが余りないからか、何度も切りつけることで切れ目が入り、若木が傾いた。そこを思いっきり蹴り、体重をかけて若木を倒す。
「結構、力仕事だね」
『うむ。今のソラには良い鍛錬になりそうなのじゃ』
急ぎ若木を切り倒していく。
ここまで来るだけでも結構な時間を取られてしまっている。いくら陽光が余り入り込まない森の中と言ってもゼロではない。日が暮れ、まったく日の光がなくなってしまえば、湖に帰るのも難しくなってしまうだろう。
出来るだけ急いで、出来るだけたくさんの木を持ち帰られないと。
若木を切り倒し、それらを一カ所に集めていく。細長いと言っても長さが2メートルにもなる木は結構重かった。今の自分の筋力では持ち帰られる数も限られる。2、3本でいっぱいいっぱい、限界を突破するくらいの力で5本というところだろうか。とりあえず切り倒すだけ切り倒して、運ぶのは明日にするべきだろうか?
そんなことを考えている時だった。
何やら地面が揺れている。
『ソラ、注意するのじゃ!』
彼女の緊迫した声が頭の中に響く。
一つ頷き、木を倒していた手を止め周囲を注意深く見回す。
すると落ち葉が敷き詰められた地面が盛り上がっている場所が見つかる。そして、その盛り上がりが――大きく地面を揺らしながらこちらへと迫ってくる。
「な、何!?」
とっさに距離をとる。
そして、敷き詰められた枯れ葉を突き抜け、地面の盛り上がりから黒く大きな姿が現れる。それは巨大な蛇の上体だった。こちらを一飲みできそうな巨体の蛇が上体を起こし、その口から長細い舌をチロチロと出している。
『ソラ、逃げるのじゃ!』
イフリーダの声が頭の中に響く。しかし、足が動かない。
「これが魔獣?」
巨大な蛇はこちらを見つめ、耳障りな音を口から発している。あの口の大きさでは、こちらなんて何も出来ずに丸呑みだ。逃げなければと思うが、思うだけで体が動かない。
やばいっ!
『ソラ、体を借りるのじゃ!』
銀の猫が飛び、こちらの肩に乗る。その瞬間、自分の体が勝手に動く。
弓なりに上体を起こした巨大な蛇が、体をしならせこちらへと突撃してくる。その一撃でこちらの命を奪うほどの勢いだ。
『パリィ』
体が勝手に動き折れた剣を斜めに構え、蛇の突撃を逸らすように滑らせる。しかし、蛇の一撃が強すぎたのか完全に勢いは逸らすことが出来ず、その勢いに吹き飛ばされる。
体が空を舞う。
吹き飛ばされた空中で体勢を整え、その先にある木を両足で蹴る。そしてくるくると体を回転させ勢いを殺し着地する。
『ソラ、今は逃げるのじゃ』
「もちろん!」
イフリーダの力で自分の体が勝手に動く。折れた剣を口にくわえ、そのまま走る。そして、走りながら切り倒した木を拾っていく。巨大な蛇の動きを見て、その行動を予測しているかのように躱していく。
『ソラ、出来るだけ切り倒した木は持って行くが、全ては難しいと思って欲しいのじゃ』
この段階でも切り倒した木を諦めない彼女の姿勢に称賛を贈りたくなる。その思いに応えるためにも彼女がこちらを動かす邪魔にならないように、その動きに身を任せる。
そして5本ほどの長い木を抱え、器用に森の中を逃げていく。本来の自分の筋力では2、3本が限界と思われるような木を5本も持っているのに、その逃げる速度が落ちることはない。無数に生えている木と木の間を長物を持った状態で器用に走り抜ける。その後を巨大な蛇の這いずる音が追いかけてくる。
「ふごい」
口に折れた剣を咥えたまま喋る。
『凄くないのじゃ。これは今のソラ本来の力を出しているに過ぎないのじゃ。ソラにはこれ以上になって貰わなければ困るのじゃ』
銀の少女の言葉を聞きながら森をかける。
若木が生えていた辺りを抜け、元の森のエリアに入ったところで追いかけていた気配は消えた。
『ソラ、このまま湖まで戻ろうと思うのじゃ』
「ふん、おねがいふるよ」
自分の筋力では5本もの木を持っているだけで倒れてしまいそうだ。このまま彼女の力を借りて湖に戻れるなら、それに越したことはない。
森を駆け抜け湖に戻ったところで自分の体から力が抜け落ちた。足が止まりガクンと体が崩れ落ちる。抱えていた長い木がバラバラとこぼれ落ちる。
『朝のマナ結晶の力が全部なくなったのじゃ』
「はぁはぁ、そうか。あれが君の力の源だったんだね」
急激な疲労が体を襲い息をするのも辛い。ごろんとそのまま仰向けになり、息を整える。
疲れた。
疲れた。
疲れたけど休んでいる時間はない。
日が落ちる前にやることはやっておかないと……。




