057 料理
拠点に戻り一息つく。
『イフリーダ助かったよ』
銀のイフリーダは腕を組み頷いている。
「スコルもありがとう」
「ガル」
スコルは引っ張っていた木から口を離し、小さく頷く。
「なかなか大変だったのです。ソラは毎日、このようなことをやっているのですか?」
学ぶ赤は小さくため息を吐き、額の汗を拭っていた。いや、見る限り、学ぶ赤の額から汗など流れていない。ただのポーズだろう。
「えーっと、はい、多分」
こんなにも魔獣と遭遇したのは初めての経験だ。何とかなったのはイフリーダが助けてくれたからでしかない。
空を見る。
まだ日が落ちるには時間がある。スコルに木を運んで貰うのに、思ったよりも時間を取られたが、それでも日没までには戻ってくることが出来た。
沢山の木が生えた森の中を、その合間を縫って、引っかからないように木を運ぶのは大変な作業だった。
「スコル、本当にありがとう」
スコルにもう一度お礼を言う。しかし、スコルは気にするな、という顔で湖の方へと歩いて行った。湖の水を飲みに行ったのだろう。
「とりあえず晩ご飯にしましょう」
背負い籠を降ろす。そして、中から小動物の肉を取り出す。石の斧で叩き潰したから、その姿はぐちゃぐちゃだ。さらに転がった時に小さな赤い実が潰れ、液体まみれにもなっている。
「はぁ……」
思わず大きなため息が出る。
とりあえず皮を剥いで内臓を取り出し下拵えを行ってしまおう。
ざくざく。
まな板代わりの石の上に小動物の肉をのせ、石の短剣を使って処理を行っていると学ぶ赤がやって来た。
「ソラよ、私も手伝うのです」
「えーっと……」
「ふふ。こう見えても里では料理をしたこともあるのです」
妙に自信がありそうな表情だったが、その言葉は微妙なものだった。やったことがある、という感じなんですね。
学ぶ赤が長い法衣の裾を少しだけまくる。そこから除いた鱗のある足に、一本の綺麗な短剣が結びつけてあった。学ぶ赤が、その宝飾の施された綺麗な短剣を引き抜く。
「それは?」
「いや、ソラを信用していなかった訳ではないのです」
学ぶ赤は少しだけ困ったような表情をしていた。もしかすると武器を隠していたことについて言及されていると思ったのかもしれない。
「いえ、綺麗な短剣だと思ったからです」
学ぶ赤はその言葉を聞いて少しだけ笑った。
「これは儀式用の短剣なのです」
そこで学ぶ赤が首を横に振る。
「いや、どちらかというと、自決用の短剣なのですよ」
「自決ですか?」
「私たちリュウシュは戦いに敗れた時、惨めに生きながらえるよりも死を選ぶ『高潔な』生き物なのです」
学ぶ赤は、何処か自虐めいた表情で小さく笑った。
「死ぬことが高潔だと思えません」
学ぶ赤の言葉を聞いて、意識せずに反応してしまう。
「ああ、すいません。否定するつもりじゃなかったんですが、つい……」
「良いのです。種の考え方は様々、ソラはソラで正しいと思うのです」
学ぶ赤はこちらを見て微笑んでいる。
「その短剣は分かりました。でも、そんな短剣を使って良いんですか? 動物を捌くとなると油もつきますし、汚れてしまいますよ」
「道具は使ってこそなのです。戦いが苦手な私が武器を使うことは難しいので、こういった形でも使った方が良いのです」
「分かりました。手伝ってください」
学ぶ赤とともに小動物の肉を捌いていく。小動物の肉から取り出したマナ結晶はとりあえず保管することにした。学ぶ赤の住む地で使うことを考えてだ。
『イフリーダ、ごめんね』
『ふむ。我は構わぬのだ。先ほど、その小粒よりは大きなものをいただいたのじゃ。今回はそれで充分なのじゃ』
処理を終えた肉の塊が山積みだ。倒した数が多かった分、結構な量だ。
「一部は吊して天日干しにします」
最初は恐る恐るという感じだった学ぶ赤も、最後の方では器用に肉を切り分けていた。料理をしたことがあるというのは嘘ではなかったようだ。
「焼いて食べましょう」
焚き火を作り、串に刺した肉を並べていく。
さあ、ご飯だ。
学ぶ赤が美味しそうに口を膨らませて肉を食べる。スコルは取り除いた内臓の方を生で食べていた。スコルは何でも食べる。胃が丈夫なのかもしれない。
「美味しいですか?」
学ぶ赤は嬉しそうに肉を食べる。ただ焼いただけの肉だ。そこまで喜ぶものとは思えない。
「美味しいのです。里ではキノコばかりだったので、肉が食べられるのは嬉しいのです」
「自分からすると、キノコの方がうらやましいです」
「ソラが私たちの地に来た時にはごちそうするのです」
「是非、お願いします」
心から、真剣に、お願いする。
食事を終え、水を飲み、一息入れる。
その頃には日が落ちていた。
「そろそろ寝ます」
日が落ちてからでは作業効率が落ちてしまう。それに今日は戦い続けて疲れている。もう眠ろう。
「ところで、ソラ、その、あれなのです」
学ぶ赤がチラチラと骨組みだけのベッドの方を見ている。
「そのベッドは、ご自由にどうぞ」
「おお、助かるのです」
学ぶ赤は嬉しそうだ。勝手に使ったことを気にしていたのかもしれない。
「固くて痛くないですか?」
「ふふ。私たちはヒトシュよりも丈夫に作られているのです。これを」
そう言って学ぶ赤が法衣の袖をまくる。そこには鱗の生えた腕があった。
「天然物の鎧なのです」
学ぶ赤は最高のジョークを言ったという感じで決め顔だ。しかし、こちらとしては反応に困る。
「あ、はい。それではおやすみなさい」
シェルターへ向かう。そのまま中に入り、膝を抱えてうずくまる。
何か学ぶ赤の声が聞こえた気もするが、気のせいだろう。
明日も忙しくなりそうだ。




