005 学習
新しく作った焚き火から消えてしまった焚き火の方へと歩いて行く。そして、その周辺に刺していた長めの木の枝を取る。魚を炙るのに使っていたからか一部が黒くなっていた。それでも元が硬くて丈夫だったからか、まだまだ銛のようには使えそうだ。
そのまま湖の方へと歩いて行く。
湖のふちから、その中を覗くとうっすらと魚影が見えた。この辺りは天敵がいないのか、無警戒だ。
「うん、これなら、当分は食事に困ることは無さそうだ」
一部黒ずんでしまった長めの木の枝を構える。
「思い出す」
魚を狙う。水面に滑り込ませるように勢いよく長めの木の枝を突き入れる。長めの木の枝は魚の横をすり抜けた。
『失敗じゃのう』
銀の猫はちょこんと座り水面を眺めている。
記憶を頼りに――覚えていた姿をなぞりながら長めの木の枝を使って突きを放つ。
失敗。魚に弾かれる。
勢いを強くしてもう一回。今度も失敗。力みすぎたようだ。
と、そこで森の方から何者かの気配を感じた。こちらの様子をうかがうかのような、怯えているような、そんな気配だ。その感覚には――視線には覚えがあった。
この森で目覚めた時に感じた視線だ。しかし、今はその時に感じたような恐怖を覚えない。
何故だろう? 銀の少女の存在が大きいのかな?
視線を無視し、もう一度、長めの木の枝を湖に刺し込む。成功。するりと魚に長めの木の枝が突き刺さる。
「よし、この感覚」
何回か繰り返し3匹ほど捕まえる。
『大量なのじゃ』
捕った魚は作っておいた串代わりの木の枝に刺しておく。
「次は下処理かな。水を入れるものがあると便利なんだけどな」
と、そこで、それに近いものがあったことを思い出す。
森の方へと歩き、それを探す。その間も森の奥からの視線は消えない。怖々とこちらの様子をうかがっているようだ。最初はこちらが恐怖していたのに、今は向こうがこちらを恐怖しているなんて、なんだか不思議な感覚だ。
そして、森の中で転がっている金属の兜を見つけた。装飾が剥げ落ち、丸くなった兜。これを使えば水を汲むことが出来そうだ。
湖に戻り、丸くなった金属の兜を洗う。念入りに洗う。
『念入りじゃのう』
「一応、口に入れるものに使うからね」
水を汲む。水がこぼれ落ちている様子はない。穴があいていたり、隙間があいていたりするようなことは無いようだ。
「うん、これなら使える」
昨日探しておいたまな板代わりの石に魚を並べる。串代わりの木の枝から抜き取り、鱗を落とし、頭を落とし、内臓を取り除く。
魚をさばいていると内臓部分にうっすらと青く輝く石のようなものが見つかった。
「なんだろう、これ?」
青い石を取り出し、太陽にかざしてみる。キラキラととても綺麗だ。
『ほう! それはマナ結晶なのじゃ』
「マナ結晶? 何それ?」
『うむ。説明するのじゃ。我の頼み事の一つ、マナの奉納。そのマナを宿した結晶がマナ結晶なのじゃ』
「じゃあ、これが探していたもの?」
『うむ。じゃが、欲しているのは、もっともっと大きなマナなのじゃ』
「では、これは必要ない?」
銀の猫は首を横に振る。
『いや、これはこれで少しは力の回復になるのじゃ』
銀の猫の前に青い石を持っていくと、彼女は素早くそれを咥え取った。そして、そのまま飲み込む。
「た、食べて大丈夫なの?」
『ふむ、我ならば大丈夫なのじゃ。ただし、ソラは危険故、真似せぬようにするのじゃ!』
青い石を食べて満足したのか銀の猫は前足で顔を洗っている。
『うむ。これなら、また簡単な火をおこすくらいなら使えるようになると思うのじゃ』
「そっか。それは助かるよ」
魚の下ごしらえを続ける。用意した水を使って魚を洗い、先ほど使った串代わりの木の枝に刺していく。
「よし、完成」
そして取り除いた魚の頭と内臓は全てひとまとめにして森の中に捨てた。別に何か思惑があったわけでも無い。ただ、そうしてみても良いかなと思っただけだった。
新しい焚き火の方へと戻り、その周辺に下処理をした魚を串ごと並べていく。森から落ち葉を拾い、火が消えないように焚き火に足していく。
魚が焼ける、その間に新しく水を汲み直す。
硬めの石を探し、汲んだ水をかける。そして、そのまま折れた剣をあてる。
ボロボロになっている刃を削るように上下に動かしていく。
『何をしておるのじゃ』
「この折れた剣が研げないかと思ってね」
何度も何度も繰り返す。選んだ石が良かったのか、少しずつ刃に輝きが戻っている気がする。本当の研石ではないから時間はかかりそうだが、何度も――何日も繰り返せば切れ味は戻りそうだ。
『ふむ。では、この時間を使って言葉の勉強をするのじゃ』
「了解だよ」
銀の猫が器用に木の枝を持ち、地面に何かの文字を描く。
『まずは単語を覚えるのじゃ』
「ふむふむ。それはなんて意味?」
折れた剣を研ぎながら彼女が描いた単語の形を覚え読み取ろうとする。
『こんにちは――挨拶じゃな。発音はこうじゃ』
よく分からない発音の言葉が頭の中に響く。
「うにゃにゃ?」
『違う、こうじゃ』
また発音が頭の中に響く。
「うんにゃ?」
『惜しいのじゃ』
そんな感じで発音を確認しながら単語を覚えていく――単語の形を覚える。
『うむ。なんとかそれらしい発音になってきたのじゃ』
と、そこで魚がいい具合に焼けてきたようだった。
「ごめん、そろそろ食事にするね」
『うむ。じっくりやるのじゃ』
焼き魚を取り口に運ぶ。
「うん、美味しい」
『ほう、そうかそうか。我は食事が出来ぬ故、少しうらやましいのじゃ』
「体を操った時みたいにすれば分からない?」
『気持ちは嬉しいが、無理なのじゃ』
銀の猫が少しだけ寂しそうな顔でこちらを見ている。
「そうか。なんだかごめん」
『よいよい。ソラが気にする必要は無いのじゃ。いつかの楽しみに取っておくのじゃ』
「分かったよ。イフリーダがそう言うなら、気にしないようにする」
食事を続ける。
三匹の魚を食べ終え一息つく。今日の食事はこれで終わりだ。今の状況では日が暮れてからの調理は難しいだろうし、一日一食で、その時にたくさん食べるという感じになりそうだ。そのうち、他の食材が見つかったり、安心して干し魚などの保存食が作れるようになったりすれば二回、三回と食事を増やしていくことにしよう。
もう一度、兜の中に水を汲み入れ、兜ごと焚き火の中へと入れる。今までは仕方なく生水を飲んでいたけど少しは煮沸した方がいいだろう。これで少しはお腹を下す危険も減るはずだ。
金属製の兜から熱が伝わり水が揺らいでいく。
沸かした水を飲み、口を潤す。
「さて、と」
そして火を消す。せっかくの火を消すのは勿体ない気もするが、火事の危険を避けなければいけない。
『ふむ、ソラどうするのじゃ?』
「少し、森の中を探索するよ」
『分かったのじゃ』
銀の猫が森の方へと歩いて行く。そして、こちらを振り返り手招きする。もしかすると安全確認をしてくれているのかもしれない。
森の中へと足を踏み入れる。
食事前に捨てたはずの魚の頭と内臓は綺麗に消えていた。あの気配をもった何者かが処理をしたのだろう。
トイレシーンはカットされます。