046 強さ
骨の王が石の両手剣を振り払い、転がっていた金の鎧を吹き飛ばす。金の鎧が砕け、散弾のように飛んでくる。
とっさに右手に持った骨の槍で飛んできた破片へと突きを放ち、打ち落とし、左手に持った折れた剣を動かし、体を庇うように持ち、骨の槍の突きで落とせなかった破片の軌道を逸らす。捌ききれなかった破片が左腕と右太ももに当たる。
痛いッ!
すぐに体の状態を確認する。
動く。
骨は折れていない。
右の太ももからうっすらと血がにじんでいる。破片で切れたのかもしれない。
「でも、かすり傷だッ!」
この程度では負けない。
『ソラよ、それはヤツの攻撃ではないのじゃ。ただ邪魔なものを吹き飛ばしたに過ぎないのじゃ!』
「なッ! これで攻撃じゃないの!?」
イフリーダの言葉が正しかったと証明するように、骨の王が石の両手剣を振り下ろした。
こちらと骨の王との距離はまだ開いている。いくら石の両手剣が大きいといっても攻撃が届くような距離ではない。
振り下ろされた石の両手剣は途中で止まらず、そのまま地面に叩きつけられた。
石の床が砕け、破片が飛び散る。
石つぶてから避けるように、正面を、骨の王の動きを見逃さないよう視界に捉えたまま、後方へと飛び退く。
骨の王が石の床に埋まった石の両手剣を力任せに引き抜き、そのまま、その刃を自身の肩に乗せる。
骨の王が、その赤い瞳でこちらを見る。
攻撃ではなく、威嚇行動?
骨の王の顎がカチカチと鳴っている。
そして、手に持った石の両手剣を、再び、石の床に叩きつけていた。何度も、何度も、叩きつけ、骨の顎を震わせている。
それは、まるで、憎い怨敵をやっと見つけた喜びに震えているかのようだった。
「あれは威嚇行動だよね?」
『ふむ。単純に狂っているだけなのじゃ』
イフリーダの言葉には、何処か相手を見下しているような、さげすんでいるような響きがあった。
ひとしきり石の両手剣を地面に叩きつけ、満足したのか、骨の王がこちらへと歩いてくる。
ゆらり、ゆらりと、その虚ろな眼窩に狂気の炎を宿し歩く。
そして、石の両手剣が横薙ぎに振るわれた。
目の前に刃が迫る。
「え?」
『ソラよ!』
油断していた訳ではないが、骨の王の予備動作のない動きに惑わされ、一瞬、反応が遅れた。
体が勝手に動き、しゃがむ。そのまま片手をつき、体を一回転させ、その勢いで骨の槍を、骨の王へと叩きつける。
『ちっ』
イフリーダの舌打ちが聞こえる。骨の槍は黒い鎧のすね当てに当たり、弾かれていた。そのまま転がるように後ろへと飛び、体勢を整え、正面を向く。
骨の王は不思議そうに首を傾げていた。骨の王からすれば、先ほどの一撃で仕留められなかったのが意外だったのかもしれない。
「ごめん。イフリーダ、助かったよ」
『思っていたよりも差があったようなのじゃ』
イフリーダの言葉を不思議に思い、そして手に持っていた骨の槍を見て、理解した。
骨の槍が途中から折れ、斜めに曲がっていた。
あの固い大蛇の骨が簡単に折れた。
この硬い骨が折れるほどの勢いで骨の王に叩きつけたイフリーダの力に驚くべきか、それでもビクともしなかった骨の王に驚くべきか、判断に困るところだ。
『ソラよ。あれは強大なマナを秘めた魔獣なのじゃ。人と同じと思っては命がないのじゃ』
イフリーダの言葉に頷く。
先ほどの横薙ぎの一撃は人としてはあり得ない動き、反応、速度だった。あり得ない一撃に、こちらの反応が遅れてしまった。
「それでイフリーダ、聞いてもいいかな」
『ふむ』
「勝てると思う?」
『ふむ。ソラよ、分かっていることを聞くのはマイナス評価なのじゃ。お主の顔を見れば、何を決めたか分かるのじゃ』
「うん、僕の覚悟は決めたよ。だから、イフリーダの言葉が聞きたい」
『我がソラに力を貸せば、敵ではないのじゃ!』
イフリーダの言葉に勇気づけられ、大きく頷く。
『しかしなのじゃ。ソラよ、我が蓄えているマナは少ないのじゃ』
正面の骨の王を見ながら、イフリーダの言葉に耳を傾ける。
『ここぞという時に我の力を使うため、ソラには我の言葉に従って動いて欲しいのじゃ』
小さく頷く。
『早速、右に飛ぶのじゃ!』
骨の王が動く。何も考えず、右に飛ぶ。
骨の王が動き、こちらの間合いを一瞬で詰め、その手に持った石の両手剣を振り下ろしていた。とっさに右へと飛んだおかげで、その振り降ろしを紙一重で避けることが出来た。
『前に転がるように飛ぶのじゃ!』
右に飛び体勢が崩れている、それでもそのまま転がるように、前に逃げる。その後ろを石の両手剣が通り過ぎる。叩きつけた石の両手剣を力任せに引き抜き、こちらへと振り払ったのかもしれない。
ゴロゴロと転がる。
そのまま向きを変え、立ち上がり、骨の王を見る。骨の王はキョロキョロと頭を動かし、こちらを探しているようだった。
『ふむ。動きは素人同然なのじゃ』
折れ曲がっていた骨の槍は、転がっていた途中で完全に折れてしまったようだ。握っていた下半分しか手元に残っていない。
「動きは見えているのに、体が追いつかないよ。イフリーダの指示がなければ躱すことも出来なかったと思う。それでも素人同然なの?」
『うむ。ソラよ、前言撤回なのじゃ』
「前言?」
『うむ。人と同じと思っては、と言ったことなのじゃ』
「人だっていうこと?」
『うむ。ヤツは力を手に入れただけの素人なのじゃ。ただ、力に任せて得物を振り回しているのに過ぎないのじゃ』
「そうなんだ。ただ、それでも、それだけでも、早すぎて動きが読めない今の自分には致命的ってことだよね」
『うむ。しかし、ここには我がいるのじゃ』
そして、イフリーダは何かに気付いたのか、ニシシと笑った。
キョロキョロと周囲を見回していた骨の王が、やっとこちらを見つけたのか、振り返り、石の両手剣を構えた。
『ソラよ、ヤツはどうやってこちらを追っているか考えるのじゃ』
骨の王は頭を動かしてこちらを探していた?
「それは、目で見て、追って……」
『ヤツの目の部分には何があるのじゃ』
「それは瞳が……!?」
骨の頭に目があるはずがない。そこにあるのは虚ろなくぼみだけだ。
『うむ。ヤツは生前の常識に縛られているのじゃ。本来のアンデッドは命の鼓動を探知して襲ってくるはずなのに、じゃ』
「つまり、動きは読みやすい素人、視界も狭いってこと?」
『正解なのじゃ。どんなに強大な力を得ても、使い手がゴミではどうしようもないのじゃ。今から、その差を見せるのじゃ』
イフリーダの言葉に頷く。
礎だけに石。




