045 骨の王
石の城の中に踏み込む。
と、そこで黒い鎧が動いた。下げられていた両手剣が振り上げられる。
すぐに後ろへと振り返る。
「攻撃!?」
スコルが大きく飛び退き、その一撃を躱していた。
「ガルルゥ」
スコルが威嚇するように唸り声を上げる。
黒い鎧は両手剣を正面に構え、扉を守るように立つ。それはスコルが飛びかかってきたら斬り伏せると威圧しているかのようだった。
黒い鎧は両手剣を構えたまま動かない。
黒い鎧は、自分には敵意がないようだった。しかし、スコルは違う。狙いはあくまでスコルだけのようだ。
「スコル、必ず戻ってくるから、そこで大人しくしていて」
「ガルル」
スコルは唸り声を上げている。戦う意思を崩さない。
「スコル、任せて」
スコルに、もう一度、呼びかける。それはスコルを信頼しての言葉だ。
「ガル」
スコルは唸り声を上げたまま、足を折り、その場に伏せる。その瞳は正面の黒い鎧を睨んだままだ。
「ガル」
スコルは、行け、という感じで首を振る。
「スコル、任されたよ」
黒い鎧はスコルが攻撃の意思を抑えたのが分かったのか、両手剣を降ろし、扉の横へと戻る。
スコルは黒い鎧を睨んだままだ。
スコルに頷きかけ、振り返る。
石の城。
ところどころ壊れ、そこから日の光が差し込み、薄暗い城内を照らしている。キョロキョロと周囲を見回し、警戒をしながら城の中を歩く。
『ソラよ、油断しないようにするのじゃ』
並ぶ金の鎧。
城内では、こちらの行き先を特定し阻むように金の鎧が並んでいた。
外の扉を守っていた黒い鎧と比べるとサイズは少し小さめだが、全身が金の鎧に覆われているため、中が骨なのか分からない。
最初は置物なのかと思ったが、近寄ると、こちらの行く手を阻むように立ち、こちらに敬意を払うかのように頭を下げた。その様子から、こちらへと攻撃を仕掛けてくる気は無さそうだ。しかし通してくれる気も無さそうだった。
その金の鎧たちの中には、最近になってから動き出したのか、鎧の上に埃が積もっている個体もいた。
「イフリーダ、この金の鎧の強さはどの程度なんだろう」
足元を二本足でゆっくりと歩いていた猫姿のイフリーダがニヤリと笑う。
『こやつらは外の黒いのよりも強そうなのじゃ』
薄暗い城内、金の鎧は道を作るように並んでいる。その数は百や二百ではないだろう。それが、外にいた、こちらを一撃で殺すほどのヤツよりも強い。一斉に襲いかかられたら、逃げ出すことも出来ず、自分の命はないだろう。
「イフリーダとなら、どう?」
足元のイフリーダは、一瞬だけ驚いたような表情を浮かべ、その後、ニシシと笑う。
『一対一なら我なのじゃ。この数となると、地形を把握できねば、我でも厳しいのじゃ』
「イフリーダでも、なんだ」
イフリーダは地形、と言った。
周囲を見回すが、金の鎧に阻まれ、城内がどうなっているのかよく分からない。こちらは、ただ、用意された道を進むことしか出来ない。つまり、イフリーダでも厳しいということだ。
「イフリーダ、ここは何処だと思う?」
骨が蠢き、守る石の城。
『ふむ。ソラに話した、強大なマナを持つ四つの王、その一つの居城だと思うのじゃ』
「えーっと、確か、古き礎に縛られた王、獣たちの女王、毒と腐敗に蠢く王、邪なる竜の王だったよね」
『うむ。そのどれかの一つなのじゃ』
イフリーダは断言する。
「つまり、上手くすれば四つのうちの一つがここで手に入るってことだよね」
『うむ。しかし、相手は強大なマナを持つ存在なのじゃ』
イフリーダの言葉に頷く。
「分かっているよ。無理はしない。危ないと思ったら逃げ出すよ」
思っていたよりも敵の中枢、奥深くまで入り込んでしまったようだ。周囲は敵の配下である金の鎧に囲まれている。この状態で逃げ切るのは難しいかもしれない。それでも、いざとなったら、なんとしてでも逃げる、逃げ切る。
生きていれば、生き残れば、いつかは勝てるはずだから、だ。
城の中を進み続け、太陽の光が降り注ぐ広間へと出た。いや、そこはただの広間ではなかった。何か大きな力によって天井が壊れ、太陽の光が降り注いでいる――そこは、玉座の間だった。
部屋の奥に巨大な石の玉座が置かれている。
その玉座の上には肘掛けに肘を乗せ、気怠そうにうつむいた骨が乗っていた。骨の上には石の王冠が乗っている。
間違いなく、あれが王。この石の城の主だろう。
骨の王が座す石の玉座を守るように金の鎧が膝を付き並んでいる。
自分が手に持っている武器を確認する。
手作りの骨の槍、折れた剣、石を削った短剣、着ている物もただのゴワゴワとした布の服だ。
とてもではないが、玉座に座る王と相対するような格好ではない。
『ソラよ、胸を張るのじゃ』
しかし、そんなイフリーダの言葉に頭を振り胸を張る。
「そうだね。気持ちで負けていたら、戦う前から勝負が決まっちゃうね」
『うむ』
イフリーダがぴょんと飛び、こちらの首に、その猫姿の手を回す。それは人型と猫型の違いはあったが、最初の、湖の近くで目覚めた時のイフリーダを思い出させる動きだった。
胸を張り、玉座へと歩く。
玉座に近づくと、こちらの存在にやっと気付いたのか、虚ろな眼窩に赤い炎が宿り、骨の王が動き出した。わなわなと何か怒りをこらえているかのように動き、立ち上がる。
そして、石の玉座の後ろに隠していたのか、巨大な石の両手剣を骨の手が掴む。
骨の王が石の両手剣を空へと掲げる。
すると周囲のひざまずいていた金の鎧が震えはじめ、その隙間から、何か黒いもやがあふれ出した。
黒いもやは渦巻くように蠢き、骨の王が掲げた石の両手剣に集まっていく。
金の鎧が、最初から中に何も存在していなかったかのようにバラバラとなり転がる。
石の両手剣に集まった黒いもやは骨の王へと吸い込まれ、黒い鎧へと化していく。
そして、黒い鎧を纏い、石の両手剣をもった骨の王が襲いかかってきた。
こんな近くに!?




