044 石の城
はやる気持ちを抑え、一度、森の中へと戻る。そして、枯れ枝を集め、背負い袋の中に入れていく。
『ふむ。ソラよ、どうしたのじゃ』
「あの城に辿り着く前に、どうしても途中で野宿の必要があるだろうからね。焚き火の準備だよ」
石の城へ向かう途中で燃やせる物が見つかるとは限らない。ここで準備していくべきだ。
掘に囲まれた巨大な石の城。その堀には大きな石の橋がかかっているのが見えた。
改めて石の城を目指し歩いて行く。
途中、人型の骨が襲いかかってくるかと思ったが、こちらを無視するようにふらふらと動いているだけだった。
もちろん、近寄れば反応はある。骨の頭が動き、こちらの動きを追っているのが分かる。でも、それだけだ。もしかすると触れれば反応するのかもしれないが、ここまで来て、そんな危険は犯したくない。
「戦わなくて済むなら、それに越したことはないからね」
『ふむ。少ないながらも戦う経験の糧にはなると思うのじゃ』
イフリーダが不思議そうな表情でこちらを見ている。
「いや、少ないのなら無駄な戦いはしない方が良いよ」
それに、と考える。反応が鈍いのは、まだ空に太陽があるから、という可能性もある。ここで無駄に戦うよりも、城までの距離を稼いだ方が良い気がする。
「とにかく時間は大切だから、あの城へ向かうよ」
駆け足気味に石の城を目指して進む。
歩く。
歩く。
石壁の残骸と徘徊する人型の骨が蠢く雑草の草原を歩き続け、日が落ちる前には、巨大な石の城の前にかけられた橋へと辿り着く。
近づいて、改めて、その姿を見る。石の城は巨大だ。町がまるごと入っていると言われても信じてしまいそうだ。
そして、その城の前に架けられた石の橋もかなりの大きさがあった。馬車ですれ違っても問題が無いくらいの幅がある。その石の橋はところどころが壊れ、崩れ落ちてしまっているが、それでも落ちることはないだろうと感じさせるくらい巨大だ。
もしかすると、巨大な湖の中央に、この石の城を作ったのかもしれない。ただ、残念ながら、その堀の水は涸れていた。雨が降っていたはずなのに、水がたまっている様子はない。
スコル、イフリーダとともに石の橋を渡る。その中央ほどで野営を行うことにした。
ここなら見晴らしも良く、城からも、草原からも、ほどよく距離がある。魔獣などからの襲撃を受けるにしても、これだけ離れていれば準備をすることが出来るはずだ。
日が落ち始めたところで、集めておいた枯れ枝に火を点け食事の準備始める。蛇肉の燻製に乾燥させた赤い実をまぶし、それを炙って食べる。
スコルの前には蛇肉の塊を置く。スコルはそれを無言で食べていた。
「スコルからすると量は少ないと思うけど、そこは我慢してね」
「ガル」
スコルは、問題無い、と小さく吼えて頷いていた。
水筒の水を一口、口に含み、ゆっくりと口の中を湿らせながら飲む。
「食料よりも水が問題だね。ここで水の補給が出来ると思ったんだけど」
まさか、堀の水が枯れているとは……。
そのまま焚き火で暖を取りながら横になる。
「イフリーダ、ごめんね。今日も見張りをお願い」
『うむ。任せるのじゃ』
イフリーダに見張りを任せて、そのまま眠りにつく。
深い、闇に――眠りへと落ちていく。
夢……。
朝日の眩しさに目が覚める。
一つ、大きな欠伸を行い、体を伸ばす。
「もう、朝なんだ」
『うむ。何事もなかったのじゃ』
「そうなんだ。良かったよ。あの人型の骨が、夜になった途端、動きが活発になって襲いかかってくるんじゃないか、って警戒していたんだけど、気にしすぎだったみたいだね」
『ふむ。何故、夜になると活発になると思ったのじゃ』
猫姿のイフリーダが腕を組み、首を傾げている。
「え? あれ? 動く骨だから、夜の方が、えーっと、なんで、そう思ったんだろう」
イフリーダの疑問の答えは分からなかった。
「と、そうだ。今日は、あの夢を見なかったんだよ」
『ふむ。良かったのじゃ』
イフリーダはあまり興味が無いみたいだ。かなり適当な返事である。
そう夢を見なかった。もしかすると、この石の城まで辿り着いたから、夢を見なかったのだろうか?
「うん、考えても仕方ない」
もう一度、大きく伸びをして、体のこりをほぐす。
「さあ、行こう」
石の橋を進む。
石の橋を進み続けると石の城に取り付けられた、自分の背丈の二、三倍はありそうなサイズの門扉が見えてくる。一つの石を切り抜いて作られたと思われる、その扉は大きく重そうだ。自分の力で開けることは無理だろう。どうやって開け閉めしているのか、想像出来ない。
石の扉の前まで近寄ると、その下に人影があることに気付いた。
それは黒い鎧に身を包んだ人型の骨だった。黒い鎧の骨は両手持ちの大剣を正面に構え、動かない。まるで城を飾るための置物だ。
「動かないけど、生きてる? 死んでる?」
『ふむ。スケルトンなのじゃ』
「あの黒い鎧で赤い塊は見えないけど、スケルトンってことは、魔獣の仲間だよね」
『うむ。気をつけるのじゃ。今のソラの力では適わない強敵なのじゃ』
足元のイフリーダは黒い鎧を見て、不敵に微笑んでいる。
「イフリーダ、もし戦ったら、どうなるかな」
『一撃でばっさりなのじゃ』
「それは、あの大蛇よりも強いってことだよね」
『それも、かなり、なのじゃ』
腕を組み、少し考える。
「イフリーダの力を借りたら?」
足元の猫姿のイフリーダがニヤリと笑う。
『我の勝ちじゃ』
「分かったよ」
『ソラよ。それでも戦いになれば逃げることを考えるのじゃ』
「うん」
黒い鎧のスケルトンは、この城を守っているのかもしれない。
ゆっくりと黒い鎧のスケルトンに動きがないか、注意しながら近づいていく。
そして、黒い鎧のスケルトンが持つ大剣の間合いに入ったところで、それが動いた。
黒い鎧のスケルトンがゆっくりと動き出す。
正面に構えた両手持ちの大剣を降ろし、まるで騎士のような綺麗なお辞儀をした。そして、石の扉の方へと振り返り、その扉を開けていく。
重く巨大な石の扉が黒い鎧のスケルトンの力によって開かれていく。
人が、自分が通れるほどの隙間を空けたところで、黒い鎧のスケルトンは扉の端へと歩き、そのまま両手剣を降ろし頭を下げた状態で動かなくなった。
「もしかして、城の中へ入れってこと?」
『ふむ。ここの城主はソラを歓迎しているようなのじゃ』
城主。
何が待っているのだろうか。




