037 夢
雨よけの下に敷き詰めた石は固く痛い。せっかくの屋根付きだが、この下で気持ちよく眠ることは出来なさそうだ。
「こんなところで寝たら背中が壊れちゃうね」
『それなら何のために石を敷き詰めたのじゃ』
イフリーダの声は軽い。本当に聞きたい訳ではなく参考までにという感じなのだろう。
「前に言わったと……って、アレは独り言だったね。うん、今、ここには屋根があるから上からの雨は防げるよね」
『ふむ。そうじゃな』
「でも、雨って降ったら、それで終わりって訳じゃないよね。水がたまるよね。その水が土に吸い込まれたらぐちゃぐちゃになって大変なことになると思わない?」
『ふむ。ふむ。ふむ』
猫姿のイフリーダが二本足で立ち上がり、腕を組んで考え込んでいる。
「それを防ぐために石を敷き詰めたんだよ。と、次はこっちだね」
火が消えた窯から焼いた物を取り出す。その出てきた四角い粘土を叩いてみる。カチカチになっており、ちょっとやそっとのことでは壊れそうにない。
『四角いのじゃ』
「うん。レンガだね」
作ったレンガを雨よけの下に積み上げ、次の四角い粘土を窯で焼く。
木枠に粘土を詰めてブロックを作る作業も継続する。
『ふむ。大穴なのじゃ』
粘土を作るために地面を掘り続けた結果、そこには大きな穴が開いていた。このまま掘り続ければ、すぐにでも粘土状の土がなくなる勢いだ。
「この穴は、この穴で何か利用したいよね」
レンガ造りの後は朝に作ったのと同じ蛇肉のスープを作り食べた。
「今日はゆっくり眠れそうだよ」
食後、すぐにシェルターの中で膝を抱え、その中に頭を沈める。
暗い。
眠りに落ちていく。
そして、夢を見る。
……。
……。
……。
何処かここではない場所。
見知らぬ見覚えのある場所。
石に包まれた建物。
四角く綺麗に加工された石を積み上げて作られた建物。
石の建物の中にいる。
自分の前には青年と少女。
光に包まれ、その姿は分からない。
何処か懐かしい光景。
青年が叫び、少女が嘆く。
そして、そこで目が覚めた。
「夢、なのかな?」
『どうしたのじゃ?』
二本足で歩く猫姿のイフリーダが、シェルターの中に、ちょこんと顔を覗かせる。
「夢を見たんだ。夢の中に若い男性と女性が出てきて……うん、ここで生きることが安定してきたから、少しだけ人恋しくなったのかもしれないね」
だから、夢を見た?
『ふむ。ソラよ、少しだけ人里の方へ向かってみるのも良いと思うのじゃ』
イフリーダの優しい声を聞き、首を横に振る。
「それはまだ早いよ」
やるべき事を見誤ってはいけない。優先順位の上位はイフリーダの望みを叶えることだ。それに、と夢の内容を思い出す。
夢の中に現れた青年と少女は本当に人だったのだろうか。もやに包まれたようにぐにゃぐにゃとして正確な姿が分からない、思い出せない。いつの時代、どんな場所、どんな容姿、どんな服装かも分からないのに、それを何故、青年と少女だと思ったのだろうか。
分からない。
それは夢らしい曖昧さだ。
「そうだね、それでも、少しだけイフリーダの言葉に甘えて、今日は東の森の、少し奥まで探索してみようかな」
『うむ。了解なのじゃ』
天日干しにしていた蛇肉を焼いただけの簡単な食事を終え、出発の準備を行う。
骨の槍と折れた剣を持ち、石の短剣を腰に差す。少し迷ったが、籠も背負うことにする。
「探索の帰りに採取をしよう。ただ探索するだけではもったいないからね」
「ガルル」
スコルが自分もついて行くぞ、と小さく吼える。
「うん、周辺の警戒はお願いするよ」
『うむ。我にも任せるのじゃ』
何故か立ち上がり二本足で歩くようになった猫姿のイフリーダが胸を張っている。銀色に輝く毛艶はサラサラだ。
「う、うん。イフリーダもよろしくね」
二人とともに東の森を進む。
前回、安全だと思っていた西の森でヒルもどきに襲撃された経験から、こちらの森でも油断しないよう警戒しながら歩いて行く。
「やっと大蛇のエリアに着いたよ」
警戒しながら歩いたからか、東の森の奥へと辿り着くのに、普段よりも時間がかかってしまった。探索のためにと日課を切り上げて早めに出発した意味が殆どなくなってしまっている。
「警戒しながらだと思ったよりも時間がかかったね」
『うむ。ソラよ、それも練習なのじゃ』
「そうだね」
『うむ。我の感知能力もソラの基礎能力に影響されているのじゃ。ソラが成長すればするだけ我もソラに力を貸すことが出来るのじゃ。それと、マナ結晶の奉納じゃな!』
「頑張るよ」
東の森の奥で見つけた地面に埋まっている石の場所まで進む。
草をかき分け、しゃがみ込み、今回も、その石を確認する。苔が生えて分かり難くなっているが、間違いなく石畳だ。
「うん、どう考えても道の痕だよね」
平らに加工された石。その石が続く先を見る。木や草が生い茂り行く手を阻み、視界を遮っている。
ところどころ砕け、壊れ、途切れている石畳を見失わないように、草をかき分けながらゆっくりと進む。
「こんな森の中に道を作って……」
と、そこで自分の思い違いに気付き首を横に振る。
「そうか。後から森が生まれたんだ。昔は、ここまで森がなかったってことだよね」
油断すると見失ってしまいそうな、一部だけが残された石畳の道を頼りに森の中を歩き続ける。その間も周囲への警戒は怠らない。
そして、森の中に分かりやすい人工物が見えてきた。
「石の壁?」
それは自然に侵食され下部分しか残っていないが、何かの建物の残骸だ。
「石を積んで作った家……だったのかな?」
と、そこで、その残骸の向こう側に何か蠢くものの気配を感じた。
『ソラよ、敵なのじゃ』
「ガルル」
イフリーダが警告を発し、スコルが威嚇するように唸る。
「うん。気付いているよ。敵だね」




