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ソライフ  作者: 無為無策の雪ノ葉
九重世界
364/365

359 ソラという物語の終着点へ

 動く床が止まる。


 ここが終着点のようだ。


 周囲には良く分からないぶよぶよとした塊が浮いている。赤、青、黄色、様々な色で伸びたり縮んだり、ぐにゃぐにゃぶよぶよと自由に動いている。


 蠢いている。


 これはマナの塊?


 マナ結晶と同じようなマナの力を感じる。


 スコルの背から飛び降り、軽く触ってみる。すると、その塊がぐにゃりと凹んだ。柔らかい、それにとても弾力がある。

 これは何だろう?


 周囲に壁は無く、このぐにゃぐにゃの塊が重なり積み上がって壁の代わりになっている。色がついているからか向こう側が見通せない。


 よく見れば足元の床もこのぐにゃぐにゃの塊だ。動く床からぐにゃぐにゃの床へと降りる。足が少しだけ沈む。

 やはりぐにゃぐにゃしている。これでは踏ん張ることが出来そうにない。戦う時は少し困るかもしれない。


『イフリーダ、ここが目的地?』

『う、うむ。そ、そのはずじゃ』

 銀のイフリーダの言葉は何だかとても歯切れが悪い。どうしたのだろうか。


『イフリーダ、どうしたの?』

『うーむ。うむ。この場所に着いてから、急に良く分からなくなったのじゃ。先ほどまで理解していたことが、まるで手の隙間からこぼれ落ちていったかのようにおぼろげなのじゃ』

 銀のイフリーダは、らしくないほど不安そうな表情で首を傾げている。


 ……。


 もしかすると無の女神の存在が近いのかもしれない。


 無の女神がこの先で待っているのか、三柱の大神はどうなったのか、九柱の神はどうなったのか、気になることばかりだ。


 だけど、進むしかない。


 僕たちは進むしかない。


 ぶよぶよとした塊の通路を進む。ここから先は銀のイフリーダの知識に頼れないかもしれない。


 足を沈めながら、足元の弾力を確かめながら進む。


 そして開けた場所に出た。


 ここが終点のようだ。


 その部屋の中央には一際巨大なぶよぶよが鎮座しており、激しく脈動している。まるで生き物が呼吸をするかのようにびくんびくんと動いている。

 そしてその巨大なぶよぶよの下に傷だらけの女が座り込んでいた。


 浅い傷、深い傷、様々な傷が肌の上を走っている。そのどれもが新しい傷だ。中には致命傷になっていてもおかしくないくらいの深い傷も見える。

 だが、そのような傷だらけの姿でも、女は生きていた。


 傷からは血が流れていない。まるで人を模した人形に傷がついているかのような印象を受ける。

 だが、この女は人形ではない。


 その目には強い意志の光が宿っている。


 強い――強すぎる眼光にて、こちらを見ている。


 女は……無の女神だ。


 無の女神が傷つき座り込んでいる。


 他には誰もいない。神の姿は見えない。


 マナも……感じない。


 ここに居るのは無の女神だけだ。


「三柱の大神は……」

「昔の話じゃ……」

 こちらの言葉を遮るように無の女神が口を開く。そう、喋った。マナの言葉ではなく、こちらにあわせるかのように、その口で喋った。


「我らは空を漂うものじゃ。翼を無くせば我らの自我を無くしてしまう――なのに、じゃ! こやつらは、この世界の居心地が良いからと翼を治すことを、集めることを止め、喰らうことのみを選んだのじゃ。我にとってそれは裏切りじゃ」

 無の女神が言葉を紡ぐ。それは僕たちに語っているというよりは自分自身に、自分の中の何かに語りかけているかのようだった。


「故に人に味方したのじゃ。我が裏切ったのではない、こやつらが裏切ったのじゃ」

 無の女神の言葉は続く。


 ――無の女神と銀のイフリーダはよく似ている。だが、纏っている雰囲気が違う。無の女神からは全てを拒絶するかのような壁を感じる。


「人に知恵と力を授け、神と戦う為の手段を与えたのじゃ。人は神からの解放を目指し、我は空へと還るための力を得るために、じゃ」

 無の女神が顔を伏せる。


「我には分からぬ。あやつが消え、その願いを叶えるために神を、同胞を殺し続け――それは我の願いでもあったはずなのに、もう分からぬのじゃ」

 無の女神の相棒だった魔王。


 魔王アイロ。


 延命させるための方法を授け、一緒にあり続けた存在。だけど、その魔王は、もういない。


「もはや神は我のみ。他の神は――そこに居る我が捨てた分体と同じように、出歩くための仮初めの器しか残っておらぬ。それはもはや神とも呼べぬ存在じゃ」


 ……。


 まさか、全ての神が死んだ?


「三柱の大神じゃと? とうの昔に抜け殻よ。ここには何も残っていなかったのじゃ」

 無の女神が顔を上げる。


「空に還る? それすら、もう、どうでも良い」

 無の女神の瞳に狂気が宿る。


「我が、我こそが無の女神。最後の神じゃ。この世界に残る最後の神じゃ」

 無の女神が狂気の宿った瞳でこちらを見る。


「我が司どるは無。全てを虚無に返し、なかったことにしよう」

 無の女神を中心として何か、大きな力が生まれていく。


『不味いのじゃ!』

 銀のイフリーダが叫ぶ。

『どういうこと?』

『あれが解放されれば世界は無に――すなわち消えるのじゃ』


 世界が消える?


 確かに虚無の力は存在自体を消すような強い力だ。でも、世界を?


 世界を消すほどの力をどうやって?


『世界が消えるとは酷い冗談だ』

 レームが剣を構え、そして、こちらを見る。

『そうなる前に倒すだけだな』

 レームが骨をカタカタと鳴らし笑う。そのまま駆ける。踏ん張りの利かないぐにゃぐにゃの床に足を取られながらも駆ける。


 そうだ、倒す。


 簡単な答えだ。


 はっ倒して止めれば良い。それだけだ。


 翼を広げる。


 飛ぶ。


 飛べば足を取られることは――無い。


 レームが二本の剣を振り下ろす。

 僕が上空から禍々しい槍で突きを放つ。


 交差した攻撃。

 避けることは出来ないはずだ。


「無駄じゃ」

 次の瞬間、レームの体が吹き飛んでいた。そして、吹き飛ぶレームを見たと思った瞬間には僕の体がぐにゃぐにゃの床の上に転がっていた。


「我は全ての神を喰らい力を手にした存在じゃ。お前たちのようなものではすでに届かぬ場所に立っているのじゃ」


 レームの体の半分が吹き飛んでいる。僕の体の胸の部分には大きな穴が開いていた。

『何を考えているのじゃ! 不用意に飛び込むなぞ、馬鹿のすることなのじゃ』

『か、返す言葉もない』

 体の半分を失ったレームがよろよろと立ち上がる。


『注意深く様子を見ていた、あの獣の方がまだマシなのじゃ!』

 銀のイフリーダはスコルを指差して怒っている。

『ガ、ガルルル』

 スコルが少しだけ申し訳なさそうに吼える。様子を見ていた訳ではなく、飛びかかる間を逃しただけのようだ。


 ……。


 たったの一撃で半壊だ。無の女神が放った一撃が虚無じゃなかったのは救いだが、それでも壊滅的打撃を受けたことには変わりない。


 恐ろしい力だ。

 一撃を受けただけなのに心が折れそうになっている。もう、何をやっても無駄な気になってくる。


 どうやって勝つ?


 どうやって戦う?


 無の女神は動こうとしない。この世界を滅ぼす力とやらを放つために力を溜めているようだ。動いてこないのは良いが、不用意に近寄れば反撃を受けてしまう。次に同じように反撃を受ければ――僕たちは終わる。


 それだけの力の差を感じる。


 かといってマナを纏わせただけの矢などが効くとは思えない。


 攻撃するためには近寄るしかない。


『イフリーダ、作戦はある?』

 困った時の神頼み――銀のイフリーダだ。そうだ、僕は今までも、銀のイフリーダに頼っていた。それはこれからも変わらないのかもしれない。不安になった時も、心が折れそうになった時も、僕の傍らには銀のイフリーダが居た。


 ……うん、大丈夫だ。


『おぬし、何を笑っているのじゃ』

 銀のイフリーダがじろりとこちらを見る。

『頼りにしているよ』

『なんとも都合の良い言葉なのじゃ』

 銀のイフリーダが大きくため息を吐き出し、言葉を続ける。


『全ての神のマナを喰らったことによって全ての神の力を手に入れたのじゃ』

『そ、そうだね』

 全ての力というのがどれほどのものか分からないが、世界を滅ぼすくらいなのだろう。


『故に無敵じゃ』

 銀のイフリーダが得意気に胸を張る。


 ……。


 まぁ、無の女神は銀のイフリーダの本体なのだから、そう自慢したくなる気持ちも少しは分かる。


 分かるけど……さ。


『ガルルル』

『もう、どうしようもないということなのか!』

 剣に寄りかかって立ち上がったレームがコツコツと骨を鳴らしている。


『うむ。じゃが! まだ定着しておらぬ。繋がりを絶ち切れば、虚無の力は弾けるはずじゃ』

 定着していない?


 まだ何とかなる?


 急いだ甲斐があったようだ。


『ソラよ、おぬしなら見えるはずじゃ』

 銀のイフリーダが指差す。


 マナを見る。


 無の女神の中に眠るマナを見る。


 無数のマナが蠢いているのが見える。真っ赤な火のようなマナ、青く煌めく水のマナ、様々なマナが見える。

 無数のマナが反発するように蠢いている。そして、その中心に大きな煌めくマナが見える。

 これが無の女神のマナ。


 確かにまだマナはバラバラだ。あの大きく煌めくマナに強い衝撃を与えれば、力が弾け、暴走させることが出来るかもしれない。だが、無数の小さなマナは、激しく動き、狙うことが出来そうにない。


『ソラ、何か倒す方法が分かったんだな?』

 レームが聞いてくる。それに頷きを返す。


 だけど、それは難しい。


『はい。ですが、激しく動き、狙いを定めるのが――何か誘導するようなものでもあれば……』

 と、そこで思い出す。


 導くもの。


 マナを導く。


 歯車の球体だ。


 魔王の残滓が指差していたもの。


 あれがあれば!


 あれば……。


 あれば?


 何処だ?


 何処にもない。


 あの時、僕はどうした?


 確か、レームに持って貰っていたはずだ。

『レーム、手渡した歯車の球体を知りませんか?』

『あ、ああ。すまない、戦いの途中で落としてしまった』


 ……。


 なんてことだ。


 落としてしまっていたなんて……。


 でも、レームを責めることは出来ない。無限とも思えるほどの数の魔獣との戦いだったんだ。歯車の球体を抱えたまま戦うのは無理がある。


 それに、こんな風に都合良く頼ろうとする方が間違っている。


 でも……。


 どうする?


 どうすれば……?


『ソラ、動きを止めれば良いのだな?』

『はい。でも動きを止めるのはマナです。無の女神の体を止めても意味はありません』

『分かった』

 半身を失い、人であったなら死んでいてもおかしくない状態のレームが頷く。


『スコル殿、力を貸してくれ』

『ガルルル』

 スコルが吼え、頷く。


『レーム……』

『ソラは見ていてくれ。そして、好機を逃さないで欲しい』

 骨の姿のレームが笑う。骨をカタカタと鳴らし笑う。


 そしてスコルとレームの二人が駆ける。


 スコルが無の女神に飛びかかる。

「無駄じゃ」

 スコルに閃光が走る。だが、スコルが黒いマナで壁を創り、それを防ぐ。だが、その壁も一瞬にして壊されてしまう。防ぐという結果すら上書きされてしまう。


 そのスコルの背後からレームが――スコルの巨体に隠れていたレームが飛ぶ。


 無の女神へと飛びかかる。

「何をしようと無駄じゃ。全ては無に帰すのじゃ」

 飛びかかったレームに閃光が走る。レームの体が消し飛んでいく。


『無駄じゃない。無駄じゃあない』

 レームが叫ぶ。そのレームの体が消えていく。骨が無へと還っていく。


『マナは魂だと聞いた。ならば、魂で魂を捕らえることは出来るはず』

 レームが手を伸ばす。だが、その骨の手すら消滅していく。


 レームの指が、消えかけている指が、無の女神に触れる。


 レームの魂が、消えそうなマナが燃える。


 消える前の最後の火花。


 レームのマナの爆発が無の女神を捕らえる。


『行くのじゃ!』

 銀のイフリーダが叫ぶ。


 翼を広げる。


 駆ける。


 銀の右手で槍を持ち、飛び、駆ける。


『レーム!』

 無の女神のマナが止まる。


 レームの魂の爆発によって一瞬だけ動きが止まる。


 レームの声が聞こえる。


 ――ソラ、行け。自分のことは気にするな。すでに死んでいた身だ。ここまで夢を見させて貰っただけで充分だ。ああ、そうだ。

 ソラの友達で良かったよ。ありがとう。


 レームのマナが消える。


 無の女神のマナが動き出す。


 だけど!


 槍に白銀に輝くマナと黒いマナを乗せる。


 白と黒の螺旋が渦巻く。


 外さない!


 絶対に外さない!


 これはレームが繋いでくれた道だ。


 必ず貫く!


 そして――無の女神のマナを貫く。


 槍がマナを貫き抜ける。


『何故、こんなことを!』

 無の女神に問いかける。

『神から人を解放するためじゃ。あのものの願いのためじゃ。そのためには全ての神を滅ぼすことが必要なのじゃ』

 無の女神の意思が流れ込んでくる。


 その全てに自分も含んでいるとでも言うつもりかっ!


『そんなことを願っていると思うのか!』

『これは我のわがままじゃ。全ての神を滅ぼし、そして世界を無に帰すのじゃ。あれのおらぬ世界なぞ、つまらぬのじゃ』


 させない。


 そんなことはさせない。


 無の女神のマナは動きを止めている。


 槍で貫いている。


 そして、全てが弾けた。

明日、27日水曜日の更新をお休みします。

次回更新は28日木曜日の予定になります。

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