358 ソラと銀のイフリーダと
開かれた門を抜ける。
その先は……装飾された通路だった。
通路だ。
何処かレームの宮殿を思わせる。あの宮殿は迷宮から手に入れたものを使っていたのかもしれない。
通路を進む。通路は不思議な明るさに満ちている。
『まるで異なる世界に迷い込んだかのようだな』
『不快な感じが消えてちょっと楽になったかな』
この通路に入ってからは、あのあふれ出るような不快感が消えている。あれは硬く不快なマナが原因なので、この通路まで入ってしまえば大丈夫なようだ。
通路の横にはちょこちょこと扉が見える。その扉のどれもが、床から天井まで伸びた、かなり大きな扉だ。自分たちの背の何倍もの大きさがある。
ここを使っていた人たちはかなり背が高かったのだろうか。
『この扉の先はどうなっているのかな?』
『ああ。気になるところだが、この大きさだと開けるのは大変だな』
レームが天井まで伸びた扉を見上げている。
『適当に一つ見てみます?』
『分かった』
レームが扉に肩を当て、無理矢理押す。レームの力によって、ゆっくりと扉が開いていく。だが、扉はかなり重いようだ。なかなか開かない。
『ガルルル』
スコルも手伝い、扉を無理矢理押し開ける。
レームとスコルの力で扉が開かれる。
一つの扉を開けるだけでも結構大変だ。一個一個開けていたらどれだけの時間がかかるか分からない。
皆で部屋の中に入る。
部屋の中にあったのは――四角い柱だ。
部屋の中央に白く細長い柱が置かれている。よく見れば上の部分に切り傷のような線が深く入っていた。これは何だろう?
『死んでいるのじゃ』
銀のイフリーダが哀れむようにため息を吐き出す。
死んでいる?
もう一度、白く細長い柱を見る。上部分に刻まれた傷は新しいもののようだ。
新しい?
まさか……。
『この傷は無の女神が付けたもの?』
『うむ。まず間違いないのじゃ』
間違いない?
ここはなんだ?
この部屋は?
細長い柱。
傷。
死んでいる。
神はマナ生命体だ。
どのような形でもあり得るはずだ。
『随分と硬い箱のようだ』
レームが高く伸びた細長い柱を叩いている。
レームにはこれが箱に見えるようだ。
柱、箱……棺。
そう、これは棺だ。
『ここに……神が眠っていた?』
『うむ。配下の、弱くどうでも良いような神なのじゃ』
銀のイフリーダは本当にどうでも良さそうだ。
無の女神が、ここに眠る神を殺していった?
……。
どうやら、無の女神は本当に神を皆殺しにするつもりのようだ。
扉は閉まっていた。スコルとレームの二人がかりで何とか開けられるような扉だった。多分、何かもっと簡単に開ける方法があったのだろう。
……ここは神たちの個室、か。
他の部屋を見る必要はあるのだろうか?
他の部屋も、ここと同じだろう。部屋の中にあるのは柱だろう。
そして、その柱は全て無の女神によって壊されている気がする。
全て殺されている気がする。
『他の部屋は見る必要がないと思います。先に進みましょう』
『ああ、そうだな』
『え? え? そうなの?』
真っ赤な猫はキョロキョロと周囲を見回している。
「な、なぁ。これは持って帰られないのか? これを使えば神を倒す刃でも作れそうだぞ」
神が眠る棺。
確かにそれを使えば凄いものが出来そうだ。
だけど、そんな暇はない。
無の女神は今も戦っているのだろう。
僕たちは遅れている。
だけど、だ。
学ぶ赤たちとの戦いの途中で青い髪の女神ゲーディアは現れた。神は全滅していないはずだ。まだ、そこまでは到達していない。一個一個、各部屋各部屋の神を殺しながら進んでいるからか、思ったほど進んでいないのかもしれない。
まだ追いつけるはずだ。
「後にしましょう。時間が惜しいです」
今は急ぐべき時だ。
しかし、フードのサザは違ったようだ。
フードのサザがスコルの背から飛び降りる。
「そんなに時間はかけないさ。それでも待てないって言うならよー、先に進んでてくれよ」
フードのサザが鍛冶道具を広げる。本当に、ここに残って鍛冶を始めるようだ。
「サザ……」
「おいおい、気にするなよ。お前にはやることがあるんだろう? 私は鍛冶が仕事だ。その仕事をやるだけだぜ。やることが終わったら行くからさ」
フードのサザが、そのフードを脱ぎ、笑う。
「分かりました。でも……」
「ああ。分かっているさ。お前たちの戦いには間に合わないかもしれない。でも、外の奴らには武器が必要だろう? これは次に繋がることなんだぜ」
そのサザの言葉にハッとする。
僕は神を倒すことだけを考えていた。
だけど、サザは次のことを考えている。僕よりもしっかりと考えている。
そうだ。
神を倒して全てが終わる訳じゃない。まだ、皆、外で戦っている。神を倒しただけで全ての魔獣が滅びる訳じゃない。その対策は重要だ。
「私のことは気にせずに進めよ。自由になった世界を待っているからさ。もちろん間に合えば追いかけるぜ」
サザが細長い柱を叩きながらそんなことを言っている。
「ええ。待ってます」
『ちょっと、ここで別れていいの?』
『サザが決めたことですから』
『ふーん。なら、私も残る。護衛が必要でしょ』
真っ赤な猫がその場で丸くなる。
フードのサザがその真っ赤な猫の毛を梳き、優しく撫でている。この二人はとても仲が良い。真っ赤な猫が今の真っ赤な猫になる前から仲が良かった気がする。
『ローラ、任せました』
『はいはい』
真っ赤な猫は大きく欠伸をしている。のんきなものだ。
フードを脱いだサザ、真っ赤な猫を部屋に残し、通路へと出る。
『進むのじゃ』
銀のイフリーダの言葉に頷き返す。
僕たちは進むしかない。
他の部屋を見る必要はない。
通路を進む。
いくつもの部屋が並ぶ通路を進む。
すると急な角度の下り坂が見えてきた。その下り坂の天井を見ると階段のような段差が見えた。まるで上下逆さまになっているかのような地形だ。
そして、その下り坂の周辺にはいくつもの砕け散った金属片が散らばっている。よく見れば人の形を模したかのような破片になっている。
あの魔王の宮殿で魔王の部屋を守っていた金属の塊によく似ている。
ここを守っていたゴーレムだろうか。
となると、これを壊したのは無の女神だろう。各部屋に入り、神々を殺し、ここを守っていたゴーレムを壊し、この先に進んだ?
下り坂を進む。
その先は開けた場所になっていた。
円形の部屋だ。
部屋には九つの扉が見える。
九つ?
『イフリーダ、もしかして、ここは?』
『うむ。無、火、水、木、金、土、風、光、闇……九柱の女神の部屋じゃ』
この先に神が待っている。
各部屋に神が居る。
いや、神が宿った柱だろうか。
神自体の姿を見ない。動くことも出来ないような柱を壊すのは容易いはずだ。
そんな簡単なことで良いのだろうか?
『イフリーダ、ここまで神の存在を見かけないけど、神は、あの柱に入ったまま何も出来ないの?』
『うむ。それ故、外で動くための分体を使っているはずなのじゃ。しかし、その姿が見えぬのじゃ』
やはり、守るための存在が居たようだ。銀のイフリーダが無の女神のそうであったように自分自身を別けて、外で活動できるようにしているのだろう。
でも、だったら、その存在は何処に行ったのだろうか?
『それに、じゃ。我らの体を壊せるのは同胞くらいなのじゃ』
『そうなんだ。って、ちょっと待って。それを武器に加工しようとしているサザって……』
加工出来るのだろうか?
『ふん。あやつなら、それも可能だと思うのじゃ』
『え?』
『なるほど。さすがは優れた鍛冶士という訳か』
何故かレームが納得して頷いている。
『何を勘違いしているのじゃ。あやつが持っている金槌は我ら神が渡した神具なのじゃ。もともとは、我らの体を手入れするためのものじゃ』
体を手入れするためのもの?
金槌?
サザがいつも持ち歩いていた小さな金槌。
あれであの細長い柱を手入れしていたということ?
だから、サザなら何とかなる?
だから、壊して加工が出来る?
何故、サザはそんなものを持っていた?
なんとなく分かりそうだけど、分からない。
『どういうことなのでしょうか?』
珍しくレームが銀のイフリーダに聞いている。
『む。言葉通りの意味なのじゃ。最初の種族に渡したものをあやつが持っている理由までは分からぬのじゃ』
もしかすると、サザはその最初の種族とやらの生き残りなのかもしれない。王族だったみたいだしね。
まぁ、全ては想像だ。
『この部屋で待っている神を倒せば終わり?』
九つの神。九つの部屋。
他に道はない。
ここが最後?
無の女神の姿が見えないことは不安だが、それで全てが終わるなら、そうすべきだ。
しかし銀のイフリーダは首を横に振る。
『まだじゃ。この先に三柱の大神が待っておるのじゃ』
『三柱?』
銀のイフリーダが頷く。
『うむ。カースァト、クライオン、フィアトゥ、三つの大神じゃ。それぞれ時間、世界、空間を、宇宙、物質、霊質を、太陽、月、星を司った大神じゃ』
何だ、それは……。
良く分からない存在だ。
『でも、ここには九つの部屋しかないようだけど?』
銀のイフリーダが地面を指差す。
『この下じゃ』
しかし、そこには道がない。
『でも、道がないよ』
『ああ。道が見えない。九つの部屋を巡って神を殺した方が良いのではないか?』
レームがなかなかに物騒なことを言っている。だが、その意見には賛成だ。
神は滅ぼすべきだ。
銀のイフリーダが肩を竦める。
『我を床に近づけるのじゃ』
銀のイフリーダの言葉。
近づける?
イフリーダを?
イフリーダ?
ああ、そうだった。
その姿がマナによって見えているから誤解しそうになるが、銀のイフリーダの姿は僕の右側にある銀の右手だ。
銀のイフリーダに言われるままに床へと、その銀の右手を伸ばす。
その時だ。
床が動く。
僕たちを中心に床が円形に切り抜かれ、そのまま下へと降りていく。
下への階層へと降りていく。
これが道?
この先に待っているのが、その三柱の大神だろうか。
九柱は倒さなくて良かったのだろうか。
この先で待っているのは?
動く床は下へと降りていく。
僕とレーム、銀のイフリーダを乗せて降りていく。
終わりは近いのだろうか。
神との戦いはこれで終わるのだろうか。