356 それは作り出された循環
迷宮へ。
迷宮の底を目指す。
だが、その前に武器だ。
スコルに跨がったまま、体を斜めにずらし、手を伸ばす。気絶している喋る足から禍々しい槍を引き抜く。その途中で、喋る足が「うっ」と呻くが目覚める様子は無い。それだけ神が依り代にしようとした負荷が大きいのだろう。生命力の強いリュウシュでなければ、命は無かったかもしれない。
とても短くなった――肩から生えているような銀の手で禍々しい槍を持つ。不格好だが、槍を振るうのに問題は無い。
「ふん。珍しい槍だよな」
フードのサザは、この禍々しい槍に興味があるようだ。無の女神が何処からか呼び寄せて使っていた槍をそのままありがたく使わせて貰っている。破壊の白いマナや創造の黒いマナの負荷にも耐えることが出来るのだから、それなりの業物なのだろう。
「あげませんよ」
「はいはい」
そのままスコルとともに転がっているマナの剣を探す。
マナの剣はすぐに見つかる。だが、その転がっているマナの剣は握り手の部分が、何処かの誰かのよだれでベトベトだ。汚いものを拾うように摘まむ。
『うわっ……』
『ちょっと!』
真っ赤な猫が何かを言いたそうにこちらへとやって来る。
なので……。
「持っていてください」
そのマナの剣をフードのサザに渡した。
「うわっ!」
フードのサザが僕と同じ反応をしている。
『ちょっと!』
真っ赤な猫は同じような反応をしている。
『時間は貴重です。遊ばず、すぐに迷宮の奥へ向かいましょう』
『ちょっと! それをあんたが言うの!』
真っ赤な猫はそんなことを言っている。なんだかんだで、この真っ赤な猫とは随分と仲良くなった気がする。
何だか不思議な気分だ。
周囲の魔獣を蹴散らし迷宮を目指す。スコルが魔獣を蹴り飛ばし、吹き飛ばす。その横から現れた魔獣を禍々しい槍で貫く。そして、その貫いた魔獣をそのまま喰らう。マナの補給は重要だ。
真っ赤な猫が爪で魔獣を斬り裂き、体当たりで吹き飛ばし、道を開ける。
いつの間にか暴れ馬に乗っているレームも二本の剣を振り回し、魔獣を斬り裂き道を作る。
魔獣の数は多い。
突破するだけでも大変だ。
と、その時だ。
空に赤い線が走った。
赤竜だ。
赤竜が口から真っ赤な炎を吐き出す。魔獣が燃えていく。
真っ赤に燃える炎によって道が作られる。
赤竜が吼える。
それはまるでこちらを送り出す祝砲のようだ。
駆ける。
赤竜の炎によって、一瞬だけ開けた道を、皆で駆け抜ける。
爆心地の中央へ。
そこには大穴が開いている。
大きな穴だ。
ここにはどうやっても開けることが出来ない扉があったはずだ。だが、その扉は無くなっている。
……。
今更だが、ここまで陽の光が届いている。以前はここまで陽の光が届いていなかったはずだ。暗闇に包まれていたはずだ。これも、あの暗闇の雲から放たれた光の影響だろうか。
今なら開かれた穴の中がよく見える。
そこには無数の魔獣が蠢いていた。
魔獣が魔獣を踏み台にして重なり、道を作り、こちらへと昇ってきている。底の方の――下の方の魔獣は押し潰されていそうだ。
もしかすると、その潰れた魔獣すら踏み台にして道を作っているのかもしれない。
だが、その無数の魔獣たちも穴いっぱいには広がっていない。それだけ、この穴が大きいということだ。
この穴は大きく開かれた井戸のようだ。その壁側に魔獣が重なり、積み上がっている。今は穴が詰まるほどの数では無いが、このまま魔獣が現れ続ければ、その可能性もある。
この穴の底に、どれだけの魔獣が詰まっているというのだろうか。
『飛び降ります』
『ああ、それしかないようだ』
『ええ、そうね! ここまで来たら、何も考えず進むだけ!』
『うむ、その通りなのじゃ。猫のくせに良いことを言うのじゃ』
『ガルル』
皆が頷く。
そう、後は進むだけだ。
「な、なぁ、ちょっと深くないか?」
僕の後ろではフードのサザがそんなことを言っている。
それを無視してスコルが飛ぶ。
穴へと飛び込む。
続いて真っ赤な猫が飛ぶ。
暴れ馬に跨がったレームも飛ぶ。
穴の底に落ちる途中で、スコルが壁際に積み上がっている魔獣を蹴り飛ばす。そうやって落ちる勢いを殺していく。積み上がった魔獣の有効活用だ。
暴れ馬に乗ったレームは積み上がった魔獣の上を駆け下りている。
皆で穴の底を目指して降りていく。
『それにしても、ここにはどれだけの数の魔獣が居るのかな。どれだけ戦い続けても、倒し続けても溢れてくるなんておかしいよ』
『ああ。そして、ここが、ここまで深いというのも、な。今まで挑んでいた迷宮の部分、あれだけでも広く感じたのに、そこですら始まりに過ぎなかったのか』
レームは、かつて、この迷宮に挑んでいた。その経験から、思うところがあるのだろう。
『どれだけのマナをため込んでいたのじゃ』
銀のイフリーダが何かを言っている。
『イフリーダ、何?』
銀のイフリーダが首を横に振る。
『ここにいる魔獣は集められたマナの絞りかすなのじゃ』
絞りかす?
『どういうこと?』
『随分とグルメで贅沢な奴らばかりということじゃ』
さらに意味が分からない。
『さっぱり意味が分からない』
銀のイフリーダが肩を竦める。
『ここの奴らは、上質のマナのみを喰らい、その絞りかすを捨てているということなのじゃ』
絞りかすを捨てている?
『それは?』
『うむ。その絞りかすが溢れ、歪み、魔獣となる。そして、その魔獣が外に出るのじゃ。その魔獣をおぬしたちが倒す』
倒す?
『まさか!』
レームが何かに気付いたようにこちらへと振り替える。
『うむ』
銀のイフリーダが頷く。
『おぬしたちはマナを集める道具でもあり、マナを精製する装置でもあるのじゃ』
道具。
装置。
……。
魔獣すら神が生み出していた?
いや、それはある程度、予想が出来ていたことだけれど……だけど、だ。
これは、何だ。
魔獣を倒すために神が力を貸してくれる?
その魔獣を生み出しているのは神じゃないか。
何処まで行っても人を利用するだけ。
神の考えていることはマナを得ることだけ。
……。
そして、穴の底に着地する。
そこには硬くなり薄汚れたマナが貯まっていた。そのマナから次々と魔獣が生まれている。
魔王の宮殿には黒いマナの池があった。これは、それとよく似ている。
だが、このマナは硬く、見ているだけで不快感を覚える。見ていると心が汚れていくような、そんなマナだ。
これが。
これが、神がマナを喰らった後の残り滓、か。
酷い量だ。
これが魔獣を生み出している。