036 石
「ガルル」
スコルが毛の恨みを晴らすかのように、散らばっているヒルもどきを噛みちぎっていた。
「スコル、そんなものを食べるとお腹をこわ……」
「ガル」
スコルが何を言っているんだ、という表情でこちらを見る。
「え?」
そこで、スコルがただ食いちぎっていた訳じゃないと気付く。スコルは自分が倒した分のヒルもどきだけを、その胴体部分の上側から噛みちぎっている。
「もしかして」
自分が骨の槍で貫いて倒したヒルもどきの一つを、スコルを真似て上側から石の短剣で切り開く。その中には魚の中にあったのと同じくらい小さなマナ結晶が眠っていた。
「あった!」
周囲を見回し、自分が倒したヒルもどきを確認する。
「一個一個は小さくても、これだけあれば!」
慌てて、スコルと作業の早さを競い合うようにマナ結晶を集めていく。
全てのヒルもどきを解体し、スコルが倒した分のマナ結晶を除いても九個ほどのマナ結晶が手に入った。
「九個か」
もっと気が遠くなるほど戦い続けていたつもりだったが、実際に数えてみると、それほどでもなかったようだ。
手に入れたマナ結晶をイフリーダに渡す。猫姿のイフリーダは、マナ結晶を渡した側から咥え、飲み込む。
「少しは足しになったかな?」
『ふむ。数は合っても小粒では足しにもならぬのじゃ』
「そうなんだ……」
『うむ。ソラにはもっと上を目指して欲しいのじゃ。とは言っても、これで少しは力を使えるのじゃ』
猫姿のイフリーダがニヤリと笑う。
大きく息を吸い、吐き出す。
「ちょっとだけ予定外のことがあったけど、進もうか」
「ガル」
スコルがゆっくりと頷く。その体には、すでに、うっすらとだが産毛が生えていた。マナ結晶は魔獣の力になる、とイフリーダが言っていたことを思い出す。ヒルもどきを食べて――マナ結晶を食べたことで再生したのかもしれない。
森の奥からチロチロと水が流れる音が聞こえてくる。小川が近いようだ。
「ガル」
スコルは周囲だけではなく、先ほどの教訓なのか、上空も警戒しながら歩いている。そして、その足が止まる。
困ったような、奥歯に物が挟まっているような、そんな苦い表情を作る。
「スコル、もしかして体を洗われるのが嫌?」
スコルは困ったような表情で固まったままだ。
「安心して、今日は体を洗いに来たわけじゃないから」
「ガル」
そこでスコルがほっとしたように息を吐いていた。
『ふむ。今日は、なのじゃな』
「うん」
イフリーダとの会話はスコルに聞こえないのか、不思議そうな表情で首を傾げていた。
「さあ、石を拾おう」
そこで背負っていた籠のことを思い出す。
「あー、地面を転がったんだった」
すっかり忘れているなんて、色々と焦っていたようだ。
慌てて籠を降ろし、状態を確認する。籠は真ん中から大きくへこんでいた。
「はぁ」
一つため息を吐き、へこんでいる籠の中に手を入れ、元に戻す。
「元々の素材が丈夫だからか、壊れなくて良かったよ。うん、この程度なら大丈夫、大丈夫。使えるね」
改めて手頃な石を探し、籠の中に入れていく。
スコルは、まだ不安なのか、小川から少し距離を取ったところで周囲の見張りを行っていた。不安なのは魔獣の襲撃なのか、それとも体を洗われることなのか、判断が難しいところである。
沢山の石を蛇皮で包み、それをスコルの首に結びつける。
「ガル」
スコルは任せろ、とばかりに首を下げ、小さく吼える。
「あまり首を動かすと石が落ちるよ」
「ガルル」
スコルは分かっている、と強く頷く。本当に分かっているのか不安になる仕草だ。
石を集める。
その後も石を集め続け、満足するほど集め終わったので拠点へ帰ることにする。
「スコル、帰るよ」
「ガル」
スコルが小さく頷く。すると小さめの石がこぼれ落ちた。
「ガルル」
スコルは誤魔化すように、ゆっくりと顔を背けた。
「あー、うん」
スコルの名誉のため、見なかったことにした。
拠点への帰り道、スコルはかなり警戒しているようだったが、ヒルもどきは降ってこなかった。
「出会わなくて良かったよ」
マナ結晶が手に入ったのは嬉しいが、あんなのに毎回毎回降って来られたら石拾いの邪魔になって大変だ。
拠点に戻った後、籠を降ろし、横にして、その中の石を取り出す。スコルの首に巻き付けていた蛇皮で包んだ石も取り出し、小さな山にする。
「今回も大量だね」
『うむ。やはりソラは石が好きなのじゃ』
「石が好きというより、金属の加工が出来ないから、その代わりだよ」
石の山の中から手頃なサイズを探し、それを雨よけの柱の下に、その柱を支えるように並べる。
「こうやって支えておけば、簡単には倒れないと思うんだ」
柱を挟むように置いた石の上から粘土を塗り込む。さすがに木の柱の近くで焼くことは出来ないため、これで完成だ。
「天日でどれだけ固くなるか、だね」
四つの柱、全てを同じように石で挟み込み、支え、補強する。
「うーん。雨が降った時の対策もやってしまおうかな」
拾ってきた石を出来るだけ平らになるように、雨よけの下に敷き詰めていく。
地道な作業だ。
底の薄い、今、履いているこの靴だと石の感触が少し痛いが、そこは我慢する。
「はぁ。靴の裏に固い蛇皮でもくっつけた方がいいのかな。でも、それはそれで足が痛くなりそうだよ」
くりかえされるさいのかわら。




