354 不思議な縁によって集う
僕はここに来て、人の神からの解放という意味を、それがどうして必要だったのかを理解した。
今までは分かったつもりになっただけだった。
学ぶ赤を、語る黒を、戦士の二人を、リュウシュたちを縛っている、神という鎖から解き放ちたい。
自由に。
そう、自由にっ!
人の力だけでは魔獣と戦えないかもしれない。それでも戦っている。魔獣の方が強いとしても、それでも戦っている。
だから、僕は戦う。
意思と意思のぶつけ合い。
僕が勝って、そのまま神を倒し、まずは自由になる。そして、魔獣と戦える力を、皆とともに――一緒に戦い、鍛え、強くなって、人が、人の力だけで生きられる世界を創る。
そうだ。
このことだったんだ。
魔王が目指していたもの。
今は、僕が、僕自身が目指す。
今、初めて僕自身の目的となった。
銀の右手で槍を握る。強く握る。
残っている自分の左手でマナの剣を持つ。構える。
『ガウルル』
スコルがマナの声で吼える。
『うむ。任せるのじゃ』
銀のイフリーダが胸を張り、頷く。
戦う。
戦い続ける。
そして二度目の朝日が昇る。
まだ戦い続けている。戦いは終わらない。
そう、僕はまだ戦っている。
皆の疲労は――限界に近い。いつ決壊してもおかしくない。僕が抜けた穴をレームが補ってくれている。だが、それも限界だろう。
だが、僕が、学ぶ赤たちを抑えきれなくなれば、そこで終わる。その場合も終わる。
僕、だけ、で学ぶ赤たちを抑えている。
僕だから――僕とスコル、銀のイフリーダだから何とかなっている。
……キツい。
こちらの攻撃は戦士の二人によって阻まれる。そして、油断すれば学ぶ赤の神法が飛んでくる。語る黒の補助が優れているのか、どんなに攻撃しても傷を癒され、戦いの疲れすら癒されている。
戦士の片方を力尽くで無理矢理突破しても、もう片方に防がれる。そして、その片方に手間取っている間に、もう一人が回復し、甦って襲いかかってくる。
見事な連携だ。
こちらは手が足りない。
せめてレームが助けに来てくれたら……。
しかし、レームはレームで溢れる魔獣を倒すだけで精一杯だ。レームが抜ければ、魔獣を止めることは出来ない。魔獣が溢れ出し、手がつけられなくなる。
空を見る。
真っ赤な猫も赤竜も戦い続けている。あの二人のどちらが欠けても、空が――空の領域を魔獣に奪われるだろう。
何処も手一杯だ。
このままでは負ける。
学ぶ赤たちは無理をしない。守りに徹している。それも当然だ。時間をかければかけるだけ、こちらは不利になっていく。
僕たちに援軍は――無い。
どうする?
皆を見捨てて、この包囲を抜けて迷宮に挑む? もし上手く神を倒せれば……。
いや、駄目だ。
それで上手く神を倒すことが出来たとしても、このあふれ出ている魔獣が消える訳じゃない。
それでは、駄目だ。
では、どうする?
ここに学ぶ赤たちが居なければ! 魔獣だけだったなら!
駄目だ、駄目だ、駄目だ、駄目だ!
どうする?
戦い続ける。
策を、何か打開する方法がないかを考えながら、銀のイフリーダと相談しながら、戦い続ける。
疲れないことが――思考能力が衰えないことが救いだ。
そして、僕に仲間がいることが諦めない気持ちを、戦う意思を創ってくれる。
まだ終わっていないっ!
「やはり強敵なのです」
語る黒の言葉。
「分かっていたことなのです。焦る必要は無いのです。私たちは守り切れば勝てるのです」
冷静にこちらを見ている学ぶ赤。
強敵だ。
だけど、どうやって……。
その時だった。
この戦場に一本の槍が飛んできた。
それは弱々しく、魔獣の体に弾かれるほどの威力の槍だった。
今にも折れそうなボロボロの槍。それを投げ放った男。
「お、俺たちもいる、居るぞおぉぉぉ!」
その男が叫ぶ。ボロ布を纏った男が叫ぶ。
僕は知っている。
この男を知っている。
魔王に全てを奪われ、その後、初めて地上に出た時に会った男だ。いくら、魔王に体を改造されていると言っても、ただの人だ。爛れ人だ。
「何者なのです!」
学ぶ赤が叫ぶ。
彼では無理だ。溢れる魔獣に飲まれ、殺されてしまう。
「俺たち、人を、人を、舐めるなあああぁぁぁ!」
男が叫ぶ。叫び、錆び付き今にも折れそうな剣を持って駆ける。こちらへと駆けてくる。
無理だ。
無謀だ。
それでもボロ布の男は走る。
そのボロ布の男の前に矢が刺さる。その足を止めるように矢が刺さる。
その矢を放ったのは……。
……。
まるで幻でも見ているかのような光景があった。
武装した爛れ人たちが爆心地の縁に並んでいる。
そう、爛れ人だ。
あの谷に逃げ延びていた人たち。かつて人だったものたち。
それが、今、ここに居る。
こんな時に、新手が。さらに追加で敵が現れた。
……。
八方塞がりだ。この状況は――挟み撃ち。僕たちはすりつぶされるだけだ。
……。
「勘違いするな!」
その爛れ人の中から一人の男が――頭だけが薄くなった獅子のような髭の男が現れた。
そう、人だ。ヒトシュの男だ。
その手には大きな金槌がある。そして、その手の上に一匹の蜘蛛が乗っていた。
「魔王! 私を覚えているか!」
獅子髭の男が叫ぶ。
誰だ?
何処かで、見覚えが……。
いや、今はそんな状況じゃない。こんな悠長に会話していられる状況じゃない。
「覚えていないか……」
獅子髭の男はあからさまにがっかりしている。
「こっちは、ずっとお前のことを考えていたのに! 恨み続けていたってのによぉ!」
獅子髭の男が泣き叫ぶ。
「お前に恨みを晴らすために! お前を唸らせる武器を作ってきたのに! 地の底で出会った仲間とやって来たのにぃぃよぉ!」
獅子髭の男が金槌を肩に乗せ、泣きながら笑う。
「皆、行くぜ!」
獅子髭の男の言葉とともに武装した爛れ人たちが動く。
爛れ人が魔獣と戦っている!
「どうだ! 私の武器はよぉ!」
獅子髭の男がこちらを指差す。その腕には一匹の蜘蛛が乗っていた。その蜘蛛のマナは何処かカノンさんを思い出させる。そう、カノンさんだ。
良く分からないが爛れ人が僕たちを助けるためにやって来た。
これはカノンさんの導きだろうか。
心強い味方だ。
「そこの鍛冶士だけではありません!」
新たな声がする。
そちらから武装したヒトシュたちが、騎士が現れる。
「兄様を助けるため、恩を返すために参りました!」
公国で出会った女性だ。
騎士たちも魔獣との戦いに参加する。
「リベンジに来てみれば! このような!」
新しい声だ。
そちらでは獣王が巨大な剣を持ち立っていた。まるで出る間を見計らっていたかのような登場の仕方だ。
……この獣王、こういう演出は好きそうだ。
「魔獣は! 共通の敵! ならば、お前との戦いはその後だ!」
獣王が巨大な剣をこちらへと向け、笑う。もしかすると砕け散った剣の予備だろうか。
獣王と、その配下の騎士たちが爆心地を駆け下りてくる。
「斬り裂かれたいものは! 前に出るのだ!」
獣王が巨大な剣を振り回し、駆ける。
どうして、ここに?
どうやって、ここに?
「不思議そうな顔をしているな! 私の好敵手よ! 不思議な青い翼を持った鳥に導かれて、ここにやって来たのだ!」
獣王が巨大な剣を振り下ろし、叫ぶ。とても楽しそうだ。
不思議な青い翼を持った鳥。
何処かセツさんを思い出させる。
カノンさんとセツさん。二人が援軍を呼び寄せてくれたのだろうか。
不思議な縁を感じる。
……。
これならっ!
武装した爛れ人、公国の騎士、獣王とその配下の騎士たち。彼らが魔獣と戦っている。戦ってくれている!
ボロ布を纏った男が投げ放った弱々しい槍の一撃。だけど、それは僕たちの戦いを変える一撃だった。
流れが変わった!
『レーム!』
レームに呼びかける。
『ああ!』
レームが動く。目の前の魔獣を蹴り飛ばし、こちらへと駆けてくる。
レームを待つ。
レームが魔獣を薙ぎ払い、僕の隣に立つ。その手にあるのは二本の剣。
『任せてくれ』
レームが身を屈め、駆ける。
『今度は手加減なしだ!』
レームが剣を振るう。
「守るのです!」
「ここは抜かせないのです。神の力を見るのです」
働く口がレームの一撃を槍で受け止める。
そう、受け止めた。
『ソラ!』
『分かってる!』
駆ける。
スコルの背から飛び、マナの剣を空へと投げ放つ。
そして槍を、無の女神が残した禍々しい槍を両手で持つ。
『イフリーダっ!』
『うむ』
槍にマナを流す。
「この腕は神の力による何ものをも防ぐ盾なのです」
喋る足が神々しく輝く鱗の腕を構える。
マナを流した槍で突く。
喋る足の鱗の腕と僕の槍がぶつかる。
光の盾。神の力を得た鱗の盾。全てを防ぐ。
先ほどまでの戦いでは、この守りを突破出来なかった。
力が足りなかった。
だけどっ!
槍が白銀の光を纏う。さらに黒の螺旋が走る。
創造の黒いマナ、破壊の白いマナ。
相反する二つのマナ。
槍の上を白と黒の螺旋が走る。
抜ける!
神々しく光り輝いていた鱗を白と黒の槍が貫く。
白と黒の槍が喋る足を貫く。
「それでも、なのです!」
喋る足が叫ぶ。
『まだだ!』
レームが続く。
レームの交差した二本の剣が働く口の槍を跳ね上げ、そのまま、その腕を切り落とす。
「私が癒すのです!」
語る黒。
語る黒が癒やしの力を、呪文を唱えている。
だけど!
そこにはすでにスコルが居た。
そう、僕にはスコルが居る。
呪文を唱えようとしていた語る黒にスコルが飛びかかる。
語る黒がこちらを見る。そして、語る黒が微笑む。まるで全てを受け入れたかのように優しく笑う。
その喉元にスコルの牙が刺さる。
「まだ私が居るのです!」
学ぶ赤。
そうだ。まだ学ぶ赤が居る。
学ぶ赤が癒やしの呪文を唱える。ここで回復されれば全てが元通りだ。
だが。
『確かに受け取ったから!』
空にはマナの剣を咥えた真っ赤な猫が居た。
真っ赤な猫が飛ぶ。
真っ赤な猫が咥えたマナの剣が学ぶ赤を貫く。
そう――学ぶ赤を貫いた。




