351 旅の最終目的地、迷宮へ
戻ってきた。
僕が作り始め、魔王が形にしたもの。それらを横取りするかのように戻ってきた。
リュウシュ、メロウ、ヨクシュ。
ヒトシュの地は滅ぼされてしまっていたけれど、皆が再び戻ってきた。
……。
僕が新たな魔王。
このまま、迷宮なんて行かずに皆と暮らすことも出来るだろう。神と戦うフリをしながら、以前と同じように、のんびりと暮らすのも悪くない。
そう、かつて僕が築き上げた拠点のように。
……。
首を横に振る。
意味が無い。
それはただ先延ばしにしているだけだ。
それでは終わらない。人はいつまで経っても搾取されるだけでしかない。
終わらせる必要がある。
迷宮に向かい神と戦う。
後はそれだけだ。たった、それだけだ。
「おい、終わったんだな?」
フードのサザが、話しかけてきていた若いヨクシュを押しのけ、やって来る。
「ええ――」
と、そこで僕は首を横に振る。終わったけど、終わっていない。
「後は神を倒すだけです」
まだやることは残っている。
「そうか」
フードのサザはこちらを見ている。そして、大きなため息を吐き出す。
「分かったよ。ところでそれは?」
フードのサザが言っているもの。それは魔王が獣国から奪った歯車の球体だ。
「サザはこれが何か分かりますか?」
フードのサザがゆっくりと頷く。
「マナの天体球だと……思う」
マナの天体球? また良く分からない名前が出てきた。
「それは何でしょうか?」
「ああ……、それは、な」
フードのサザが次の言葉を喋ろうとしたところで、先ほどの若いヨクシュが乗り出してきた。
「魔王様、それよりも早く、神の討伐を」
随分と急かされる。
いや、それだけ待ち望んでいたことだからなのだろう。
だけど、だ。
「少し待ってください。これは大事なことですから」
この歯車の球体を、魔王の残滓は指差していた。これは、とても大事なことだ。神との戦いに必要だから、それを伝えようとしたのだろうか。
「サザ、教えてください」
フードのサザが、もう一度、ため息を吐き出し頷く。
「私もあまり詳しくないけどな。王族のみが知る、王家の秘宝だよ」
王族のみが知る? 何故、それをサザが知っているのか、は……今更だろう。重要なのは、これが何か、だ。
「それで、これは?」
「元々は航路図? 道しるべだった……かな? 今はマナを集めることと導くことに使われているはずだぜ。それが無くなったから、あの地下は沈んだのさ」
あの地下というのは獣国のことだろう。
多分、だけど、あの時、セツたちがやって来なかったら、サザ自身がこれを壊すか取り上げて、あの地下を沈めるつもりだったのだろう。
……。
なんとなくだが、これが何なのかは分かった。多分、あの黒いマナの池を空にあった暗闇の雲に導くために使われたのだろう。マナの力を誘導し、迷宮へと放出するために、だ。
でも、それで?
それで、だ。
これが何故、必要になる?
何の使い道がある?
分からない。
でも、だ。
何故かは分からないけど、これは必要になる気がする。
「分かりました。これを持って迷宮に、神に挑みます」
「好きにすればいいさ」
フードのサザが肩を竦める。
「お待たせしました。行きましょう」
後は迷宮だ。
『ああ。行こう』
ボロボロの鎧を纏ったレームが頷く。
『うむ。終わらせるのじゃ』
銀のイフリーダも頷く。
『ちゃちゃっと行って帰ってくるのが一番だから』
真っ赤な猫も頷く。
皆で迷宮へと行進する。
暗闇の雲が消え、青空のもと、行進する。
そして、その青空の下には、暗闇の中に溢れていた魔獣の死骸がいくつも――至る所に転がっていた。
……いや、これは魔獣じゃない。
魔王によって魔獣に改造された人だ。この国に住んでいた人たちだ。
転がっているボロボロの包帯に包まれた魔獣のような何かを見かける度に、レームが足を止め、静かに祈りを捧げている。
ここはレームが住んでいた国だ。
レームの国だ。
『ああ。時間を取らせて、済まない』
『いえ、ここはレームの故郷ですから』
魔王は、何故、人を魔獣へと造り替えていたのだろうか。
もしかすると、だけど――魔王はマナを読み取ろうとしていたのではないだろうか。僕が人の体を捨て、マナ生命体になり、セツとの戦いで目を捨て、そこまでしてやっと見えるようになったもの。
この世界を構成している小さな小さなマナ。魔王はそれを調べるために人を使って実験していたのではないだろうか。
その過程で生まれたのが、この魔獣たち。爛れた人。
今となっては全て仮定でしかない。
でも、なんとなく、そんな気がする。
魔王がマナ生命体である神に抗うために、マナを調べていた結果。
それが、この魔獣もどき。
『ああ。過ぎ去ったものは戻らない。でも、それでもまだ自分は進むことが出来る』
レームが空を見る。そこにあるのは青い空だ。
『骨の癖に格好つけちゃって』
そんなレームを真っ赤な猫が茶化している。
『そうだな。このような骨の姿になっても生き延びた意味を残さないとな』
レームがカタカタと骨を鳴らし笑う。
僕、銀のイフリーダ、レーム、真っ赤な猫のローラ、フードのサザ、赤竜、多くのリュウシュとメロウ、ヨクシュたち。
迷宮を目指す。
そして、辿り着く。
かつては迷宮があった場所。
開かれた大穴。
その地形が変わっていた。
大穴が開いている。
いや、大穴が開いているのは以前と同じだ。
だけど、以前のように、垂直に削られたような形ではない。
何か大きな爆発でも起きたかのように丸く、深く抉られている。これなら飛び降りることなく、中心部へと向かうことが出来るだろう。
中心部――以前は入ることが出来なかった門だ。
それは迷宮の深部へと向かう道だ。
これは……、
これが、魔王のやろうとしていたこと、か。
神が眠る場所への道を無理矢理作ることだったのか。あの暗闇の雲も、あの時の、その暗闇の雲から放たれた光も、このためだったのか。
ああ。
道は開かれた。
神へと続く道は開かれた。
魔王が無理矢理開いた道だ。
全てはこのためだったのか。
そして、本当は、魔王自身が乗り込むつもりだったのだろう。だが、その魔王は神によって殺された。神側の方が一枚上手だった。
魔王は、どれだけの時間をかけて準備をしていたのだろう。
だけど、無駄ではなかったはずだ。
まだ素直に納得することは出来ないが――いつまでも納得することは出来ないだろうが、それでも、その魔王の後を僕が引き継いでいる。
繋がっている。終わっていない。
この先に神が待っている。
と、その時だった。
一陣の風が吹く。
風がながれていく。
そして、その風が僕の前で止まる。
青い風。
それはスコルだった。
「ガルルゥ」
スコルがこちらを見て、不思議そうな顔で首を傾げている。
弱々しくもスコルとの繋がりを感じる。
無くなっていたもの。
魔王が倒れたことで取り戻したもの。
スコルが体を伏せる。自分の背に乗れと言っているようだ。
頷き、スコルの背に跨がる。以前よりも一回り大きくなった背中。でも、それでも小さくなったように感じる。僕は以前とは違う。
スコルの背に手を這わす。
懐かしい。
そして、ゴワゴワとした毛並み……。
「今度、洗ってあげるよ」
「ガルルゥ」
スコルが嫌そうな声で鳴いている。
うん、何だか、懐かしい。
「おお! ディザスター殿が魔王様を背に乗せている姿は初めて見ました! 最後の戦いという実感が湧きます」
ヨクシュの若者がそんなことを言っている。
ディザスター、か。
それは魔王が付けた名前だ。
「ディザスターではありません。スコルです」
「ガルル」
スコルは首を傾げ、ゆっくりと頷く。
スコルはスコルだ。
スコルは魔獣だが、ただの魔獣ではない。
僕の相棒だ。
行こう。
もう、神の眠る場所は目の前だ。
「ガルルルゥ」
スコルとともに駆ける。
爆心地の中央を目指し、駆ける。
神を倒す!