348 暗闇で蠢くものたちと
次の国の体がボコボコと泡を吹き出す。
何が起きている?
大穴を開け動きを止めていた次の国の体がボコボコと泡立ち、蠢く。そして、その体の中から青い髪の女性が生まれた。
生まれた……?
まるで次の国の体に開いた大穴から抜け出してきたような……。
それは青い髪に肩から流すような法衣を着込んだ女性だった。
青髪の女性は長く伸びた髪を掻き上げ笑う。
青い髪と言えばラーラを思い出す。だが、その容姿は別物だ。神々しくも何処か邪悪なものを感じる。何か含んでいるというか、腹に一物あるような感じだ。
「おぬしじゃったか、ゲーディア」
無の女神が新しく現れた青髪の女を睨む。
ゲーディア?
何処かで聞いたことがある名前だ。
「ええ、インフィーディア、私なのです」
青髪の女は笑っている。何処か諭すような、だけど何かそれだけではないような、そういったものを感じる。嫌な感じだ。
「私なのです。この者は、なかなかに信心深かったので多くのマナを集めることが出来たのです。そして、このように仮初めの顕現も可能なのです」
青髪の女は転がっている次の国を見ている。その目は、何処か嘲るように歪められている。
「おぬしたちのそのような思い上がりは、いずれその身を滅ぼすのじゃ」
無の女神と青髪の女がにらみ合い会話を続けている。
僕も真っ赤な猫も、レームも銀のイフリーダも、ここには存在していないかのような扱いだ。いや、実際にそうなのだろう。
こいつらからすれば、僕たちなんてそこらで蠢いている虫けらも同然なのだろう。
呆れるような態度だ。
「そろそろお遊びは終わりなのです」
青髪の女が長く伸びた髪を掻き上げ、そのまま器用に肩を竦める。
「遊びじゃと! そのような考えが!」
無の女神が怒りを露わにする。いや、もともと怒っていたか。
しかし、だ。
どれだけ怒っていようと、どれだけそんなことを言っていようと、この無の女神も同じだ。
同じだ。
僕たちからすれば同じにしか見えない。
アイロは人の神からの解放を願っていた。目的と手段が入れ替わっていたかもしれないが、それを望んでいたのは本当だ。
それはアイロが人だったからだ。いや、最後は色々なものが混ざり意識も混濁し、人と呼べるかどうか分からないものになっていた。
それでも人だった。
だが、こいつらはどうだ?
この無の女神はどうだ?
違う。
ただ、アイロが望んでいたから、それを叶えようとしていただけにしか思えない。
無の女神が神々を裏切り、アイロに力を貸していた理由は分からない。だけど、分かるのは、人の解放を望んでいたから、その力を貸していた訳ではないということだ。
アイロの力になりたかっただけ。
結果が同じなら、同じことなのかもしれない。
その考え方は黒のマナと同じだ。
結果、結果、結果。
だけど、そのアイロが居なくなってしまったら?
この無の女神はどうする?
「それでは無理矢理にでも遊びを終わらせるのです」
青髪の女が転がっている弓を拾う。次の国が持っていた弓だ。それは次の国の弓だ。それを当然のように、我が物のように拾っている。
「アクリエイディアの使い走りが我に良くも偉そうなことをっ!」
その青髪の女が弓を構えるよりも早く無の女神が動く。
無の女神が動かなくなったアイロを抱える。
「せめて、おぬしの……」
そして、そのまま外へと投げ捨てる。
そう投げ捨てた。
今、ここは外に開かれている。暗闇の雲に手が届きそうな場所だ。
アイロの体が地上へと落ちていく。
落ちていく。
そして、その途中で体が消えた。
消えた。
僕たちは、僕と真っ赤な猫は事態について行けず、ただ二人のやりとりを眺めているだけだ。
マナを読み取る、こいつらの前ではマナの会話も出来ない。
「何をしたのです!」
「最後の願いを叶えたのじゃ」
二人のやりとりは続いている。
宮殿が揺れる。
何か、下から、地上から――強大なマナの力が蠢く。
何かが這い上がってくる。
強い、とても強い力だ。
暗闇の雲が激しく蠢く。
何か力を吸い上げ、収束しているかのような、何かを溜めているかのような動きだ。
無の女神は顔を上げ、暗闇の雲を見ている。
「くっ!」
青髪の女が矢の無い弓を空へと構える。そのまま引き絞り何かを放つ。
何か?
それは青い光の矢だ。
暗闇の雲へと青い光の矢が飛ぶ。
だが、何も起こらない。
その青い光の矢すら飲み込み、暗闇の雲が収束していく。
マナが流れ続ける。暗闇の雲にマナが流れていく。
あの黒いマナの池にあったマナだ。
どれだけのマナがたまっていたのだろう。
マナが流れ続ける。
止まらない。
これが、あの男がやろうとしていたこと?
何故、急に?
この無の女神がアイロの体を外に投げ捨てたから……なのか?
そして、力が集まる。