345 終わらせるための戦い
「ソラ……だと?」
機械を叩いていた男の手が止まる。それに合わせて音も止まる。
「何の戯れ言を言っておるのじゃ」
機械に寄りかかっていた女が目を開ける。
戯れ言?
戯れ言だと!
「僕はあの迷宮で体を奪われた。だけど、帰ってきた!」
そう、やっとここまで来た。
ここまで辿り着いた。
「まさか、器に宿った魂だとでも言うのか。そのようなことが起こりえるのか?」
男は隣の女の方へ顔を向ける。
「分からぬのじゃ。起こるとすれば――が、そのように錯覚させている可能性もあるのじゃ」
が? 誰だ? 今、誰の名前を言った?
「神のいたずらか。どちらにしても邪魔者であることには変わりないか」
男は機械を叩くことを再開する。またも辺りに音が流れ出す。
この音は何なんだろう。何のために流している?
良くないもののような気がする。
「その音は何だ!」
弓に矢を番える。
「無粋なのじゃ」
女が動く。
ゆらりと機械の前から離れる。
『任せるのじゃ』
銀の手が蠢く。
そして、右側から外れる。
そのまま蠢き姿を変えていく。
目の前の女を小さくしたような、幼くしたような姿へと変わる。
『イフリーダ!』
『え!? この子が? いや、姿は見せられていたものと同じだけど!』
真っ赤な猫が驚いている。
『うむ。我に任せるのじゃ』
銀の髪の少女の姿になったイフリーダが女の前に立つ。
『切り離した端末が、何故残っておるのじゃ』
頭の中に声が響く。
マナを使った言葉。
これは目の前の女が使ったのだろう。
『銀のイフリーダが銀のイフリーダだからですよ』
だから、こちらもマナの言葉で話しかける。
この女は神を名乗るマナ生命体だ。その力は底知れない。もしかすると魔王よりも厄介かもしれない。
そして、ここに居るのも本物かどうか分からない。本物は、あの迷宮の奥で眠っているのかもしれない。本当に厄介な相手だ。
だけど、僕たちには銀のイフリーダが居る。この女が切り捨てた銀のイフリーダが居る。必要ないと迷宮に捨てたもの。
銀のイフリーダは僕と同じだ。
銀のイフリーダ自体は気付いていないかもしれない。
だけど、あの場、あそこに転がっていたのはそういうことだ。
銀のイフリーダは僕と旅をしたことで――この女とのやりとりが難しい禁域で僕と旅をしたことで歪みが生じていたのかもしれない。
だから切り捨てたのか?
銀のイフリーダは僕と同じだ。
だから、僕は銀のイフリーダに任せる。
『イフリーダ、任せた』
僕は銀のイフリーダに木の枝を投げ渡す。
『うむ。任されたのじゃ』
銀のイフリーダが木の枝を受け取り、握る。そこから白銀に輝く刃が生まれる。
それはマナで創られた白銀の槍。
銀のイフリーダがもっとも得意とする武器。
「槍で我に挑もうとは愚かなのじゃ」
女が右手を伸ばす。その右手の空間が裂け、そこから美しくも禍々しい白銀の槍が現れる。
女が禍々しい槍を握る。
音が流れ続ける。
音は流れ続けている。
それに合わせたかのように周囲の壁が動く。外側へと開かれていく。
空が、暗闇の雲が見える。
近い。
すぐ近くに暗闇の雲が広がっている。
『奇遇なのじゃ。我も槍が得意武器なのじゃ』
銀のイフリーダがマナの槍を構える。
さらに、
『一本、寄こすのじゃ』
無理矢理、レームから剣を奪い取る。
右手にマナの槍、左手に剣。
『あ、ああ。自分も助太刀するよ』
レームは銀のイフリーダに味方するようだ。残った剣を両手で持ち正面に構える。
なら、僕は……。
「アイロ、お前はここで終わりだ」
弓に矢を番える。
そして放つ。
「させぬのじゃ」
女が動く。
『それこそさせぬのじゃ』
しかし、その動きを邪魔するように銀のイフリーダとレームが動く。
突きを、剣撃を、放つ。だが、女は禍々しい槍を回転させ、そのどちらの攻撃も弾く。
だが、矢は防げない。
二人のおかげで矢は女の横を抜ける。
矢が魔王に刺さる。
……。
だが、その瞬間、マナを纏った矢は黒い闇に飲まれ消えた。
「どうあっても俺の邪魔をするか」
音が止む。
男が――アイロが立ち上がる。
そして、こちらへと振り向く。
それは僕だ。
僕の姿をしている。
成長した僕が目の前に立っている。
「何故、邪魔をする」
男が口を開く。
「理由を言わないと分かりませんか」
「元々、この体は俺のものだ。俺が自分のために造ったものだ」
「もう、体はどうでも良いです」
良くはない。納得できていない。でも、もう、返して欲しい訳じゃない。
「何故、邪魔をする」
男の顔は怒りに満ちている。
「それが?」
怒っているのはこちらだ。
「人の神からの解放。その重要性が分からないのか? その前においては些細なことだ」
些細なこと?
些細なことがどうかを決めるのはお前じゃない。
「そんなことはどうでも良いです」
そう言っている。
そう、どうでも良い。
「愚劣な……」
「ええ。正直に言いましょう。僕は、ただ納得できないから、あなたを倒す。これは僕のわがままです」
……。
『ちょ、ちょっと!』
真っ赤な猫が慌てた様子でこちらを見ている。
『僕のわがままで戦うのですから、納得できなかったら見ていて良いですよ』
『もう! また変に丁寧な言葉で! 手伝うに決まってるでしょ!』
真っ赤な猫が姿勢を低くして男を見る。
言葉でどうにか出来るとは思っていないし、どうにかしたくない。
もう、後は戦うだけだ。