035 スコルの悲劇
窯に四角く作った粘土を入れ、火を点ける。
「さて、と。今日はちょっと手間をかけようかな」
骨と骨を十字になるように結ぶ。同じものをもう一つ作り、焚き火を挟むように、距離を離し、足二本を×の形になるよう地面に深く刺して自立させる。
昨日作った取っ手付きの器の中に水を入れ、その取っ手の部分に骨を通す。手で握れないほどの太い骨なので、それを通した姿はかなり不格好だ。それを先ほどの骨と骨の間に乗せる。
取っ手付きの土器――鍋の下の薪に火を点ける。
いつもは金属製の兜を使って水を煮沸しているが、今日は完成した鍋の確認も兼ねて、こちらを使うことにする。
しばらくして水が沸騰する。沸騰した水に指を入れ、なめてみる。
「特に水漏れすることも、粘土が溶けて水が濁るようなことも無さそうだね」
鍋は普通に使えそうだ。
煮沸した水を捨て、また水を入れる。
ざるに入れて置いた、真っ黒になるまで焼いた蛇肉を取り、石の短剣を使って黒い部分を削る。中の肉を砕くように切り取って鍋の中に入れる。乾燥させていた赤い実を一つ取り、砕いて、これも鍋の中に入れる。
簡単な蛇肉のスープだ。
「上手くいくかな?」
蛇肉が固くなっているのでスープにした方が合うと思って作ってみたが、どうだろう。
蛇肉から大量のアクが生まれ、鍋の中の水を濁らせる。洗った木の枝を使って掬い取るが、上手くいかない。
「おたまが欲しいね……」
最終的にアクだらけのよく分からないスープが完成した。
木の枝を箸代わりに使って肉を取り、食べてみる。
「あー、うん」
スープも飲んでみる。
「あー、うん」
『ソラよ、あまり顔色が優れないように見えるのじゃ』
「あー、うん。不味くは無いかなぁ。食べることは出来るよ。ちょっとした辛みが良いアクセントになっているしね」
『ふむ』
「不味くは無いけど、美味しくも無いね」
それでも食べられるだけありがたいと残さず食べることにする。
その自分の横ではスコルが腐った蛇肉を食べようとしていた。それに待ったをかけ、蛇肉を切断して焼いてあげることにした。
くさった蛇肉に火が通り、異臭が強くなる。
「スコルは腐ったものを食べても大丈夫なの?」
「ガルル」
スコルは猫舌なのか、熱くなった肉を悲しそうな瞳で見つめていた。
焼いた腐った蛇肉がしっかりと冷めてから、スコルが恐る恐るといった感じで齧り付く。そして、咀嚼し、飲み込み、不思議そうな表情で首を傾げていた。
焼いた肉の味が気に入ったのかは分からないが、スコルは不思議そうな表情のままガツガツと肉を食べる。
食べ終える。
スコルと自分の食事が終わる。
「まあまあだったね」
「ガル」
スコルが同意だ、という顔でこちらを見る。
「さて、と」
日課を終え、次の行動に移る。
昨日作った骨の槍を持ち、腰の鞘に石の短剣を差す。後は籠を背負って準備は終わり。
『ふむ。ソラよ、今日は西の森に行くのじゃな』
「うん。今日は石を集めるよ」
「ガル」
と、そこでスコルが小さく吼えた。少しは手伝ってやる、と言っているのかもしれない。しかし、四つ足のスコルでは石を一つか二つ咥える程度がやっとだろう。
少し考える。
少し考え、蛇皮を風呂敷代わりに使うことにする。蛇皮で集めた石を包んで、スコルの首に巻き付けよう。
「こうなってくるとスコル用の荷物入れも欲しいよね」
今後の課題だ。
準備を終えたので西の森に入る。
足元は相変わらず腐った葉っぱなどでぐちゃぐちゃだ。
「はぁ。もっとしっかりとした履き物も欲しいなぁ」
薄暗い湿り気を帯びた森を歩く。
『ソラ、上じゃ!』
と、そこで、突然、イフリーダの声が頭の中に響いた。考えるよりも早く体を動かし、その場から飛び退く。
『足りぬのじゃ!』
イフリーダの言葉を聞き、思わず上を見る。その瞬間、体に強い衝撃を受けた。見れば、スコルが自分を突き飛ばして――自分の体が、そのままぐちゃぐちゃの地面を転がる。視界がくるくると回る。
「スコル、なんで……」
頭を振り、ゆっくりと顔を起こす。
そして、それが見えた。
スコルを中心とした一帯に、複数のぬらぬらとした薄桃色の物体が蠢いていた。
「もしかしてヒルのような生き物?」
ヒルもどきはスコルの体の上にも乗っている。スコルは嫌そうな顔をしながら、ヒルもどきに噛みつき、それを喰らっている。
慌てて、今の自分の状態を確認する。体は動く。手に持った骨の槍は無事だ。背中の籠のことは不安だが――後回しだ。
沢山の蠢いているヒルもどきの元へと走り、骨の槍で突き刺す。ヒルもどきはぐにゃぐにゃと暴れるように動き、すぐに動かなくなった。
あまり強くは無い!
骨の槍でヒルもどきを突く、突く、突く。
ヒルもどきがこちらに気付いたのか、ぐにゃぐにゃとした上体を起こし、その裏側に生えた無数の触手と歯を見せ、飛びかかってくる。慌てて転がるように飛び退く。
「油断しない、油断しない」
スコルがヒルもどきを囓り、自分が骨の槍で貫く。
戦い続け、骨の槍を握っていた手が疲労で震え始め、それでも気合いを入れて体を動かし――やがてヒルもどきを倒し尽くした。
ぐちゃぐちゃの地面に座り込み、荒い呼吸を整える。そして、すぐに立ち上がる。
「ごめん、まずはスコルだよね」
スコルの体の上に張り付いていたヒルもどきを剥がす。ぐちゃぐちゃとした感触が気持ち悪い。その際、スコルが痛そうに小さく吼えた。見れば、一部、毛が抜け、皮膚が赤くなっている。
「ごめん、剥げちゃったね」
スコルが悲しそうな表情でこちらを見ている。見る限り、スコルに深い傷は無さそうだが、心に深い傷を負わせてしまったかもしれない。
「ま、また毛は生えてくるから」
「ガル」
スコルは悲しそうな表情のままだ。
『ふむ。危険は去ったようなのじゃ』
「にしてもヒルもどきが出るなんて……松明でもつくって持ってくれば良かったよ」




