340 魔王たちが待つ宮殿
飛ぶ。
公国の地を飛び、平原を飛び、空を飛ぶ。
空を飛ぶ。
赤竜が翼を羽ばたかせ、飛ぶ。
風が唸りを上げ、後ろへ、後ろへと流れていく。
「お腹いっぱいなのです」
そんな赤竜の首筋では次の国が食事を行っていた。随分と余裕だ。
「何で、こいつはこんなに余裕なのかね」
そう言ったフードのサザは、小さくため息を吐き、赤竜の背中の上で鍛冶仕事を行っている。剣を鍛え、矢を造っている。鍛えているのはレームの剣だろう。
レームは剣の代わりに良く分からない金属の棒を振り回して体を鍛えている。いや、骨だから――鍛える体もないはずだから……剣の型を思い出して練習しているのだろうか。
真っ赤な猫は赤竜の鱗に爪を立てて、その爪を研いでいる。赤竜は痛くないのだろうか……鱗だから感覚が無いのだろうか。
……。
皆、赤竜の背中で好き放題やり過ぎじゃないだろうか。
そして、赤竜は飛ぶ。
空を飛ぶ。
何処までも飛び続ける。
……。
……。
やがて渦巻く黒雲が見えてくる。空の光を閉ざす黒い雲だ。
魔王の待つ闇の世界が近づいている。
赤竜の背中で好き勝手している場合ではない。
飛ぶ。
「見えてきたのです」
赤竜の首筋に跨がっていた次の国が暗闇の雲を指差す。
そう、もう見えている。
赤竜が飛び、暗闇に突入する。
「ああ、もう! 真っ暗で作業が出来ない!」
フードのサザが、そのフードの上から頭を掻き毟っている。
作業途中の剣が投げ出される。
『もう充分助かっている』
そんなサザの目の前からレームが、その鍛えていた剣を取る。
「お、おい。まだ鍛えている途中だぞ」
『すでに仕上がっているじゃないか』
レームが剣を縦に――正面に構える。とても嬉しそうだ。
それでは、僕は矢を貰おう。
フードのサザの横に、束になって置かれていた矢を取る。
「お、おい! 今、何か取っただろう!」
なかなか良い矢だ。
これなら、これから待っている戦いでしっかりと活躍してくれるだろう。
そんなやりとりをしている中、暗闇の中を飛んでいる赤竜が、カチカチと歯を鳴らし始めた。
どうしたのだろうと思っていると、赤竜の体が赤く発熱する。
ほんのりと暖かく、明るい。
この赤竜の周囲だけが陽射しの中にいるかのように明るくなっている。
「おい、お前ら……」
フードのサザがこちらを見ている。
僕とレームを見ている。
「えーっと……」
どう言えば良いのだろうか。
「そっちのは良い。まだ良い。矢は完成品だ、許す。いや、納得できないが、それでも許す。だが、骨!」
フードのサザがレームを指差している。
「まだ終わってないって言ったことが分からなかったのか! 返せ! 終わらせる!」
フードのサザがレームからひったくるように剣を奪う。
『怒られたね』
レームはうろたえている。
『うむ。大間抜けなのじゃ』
『うん。これは骨が悪い!』
銀のイフリーダと真っ赤な猫は、そんなレームを見て笑っている。
「明るくなったからな。剣を仕上げる。もう変なことはするなよ。次にやったら、もう剣は仕上げてやらん」
フードのサザが剣を砥石とこすり合わせ磨いている。
本当に最後の仕上げだけが終わっていなかったようだ。
……。
だが、あまりのんびりしている暇はなさそうだ。
赤竜が発熱したことで目立ってしまったのか、周囲から、色々なところからマナが集まってきている気配がする。
敵だ。
……。
それは……。
「ヨクシュなのです!」
空を飛ぶヨクシュたちだ。
空はヨクシュたちの戦場。ここでやって来るのか……。
「蹴散らすのです」
次の国が赤竜にお願いをする。
だが、僕は、それに待ったをかける。
「無視しましょう。彼らよりも、この赤竜の方が早い。それに、彼らと戦うことが目的じゃない」
「分かったのです」
そうだ。
ヨクシュと戦う必要は無い。
僕たちの目的はあくまで魔王。その魔王が住む宮殿に入ることだ。
『ちょっと! でも、その城って確か、何かに守られているんでしょ! どうするの!』
真っ赤な猫が叫んでいる。
大丈夫だ、問題無い。
赤竜が飛ぶ。
暗闇の中を赤い光となって飛ぶ。
武器を手に集まってきたヨクシュたちを振り切り、飛ぶ。
そして宮殿が見えてくる。
以前よりも巨大に、そして歪に、天を貫くような姿になっている。
魔王が待っている宮殿。
アイロはこの宮殿で何をしているのか?
何を待っているのか?
……。
「このままだと見えない壁にぶつかるのです!」
次の国が叫ぶ。
「大丈夫です。突っ込んでください」
赤竜が飛ぶ。
ここで立ち止まればヨクシュたちに追いつかれてしまう。出来れば戦いたくない。
そして……。
見えない壁が迫る。
今なら分かる。
これが黒いマナで創られた壁だということが。
見える。
感じる。
今なら分かる。
一本の枝を取り出す。
これは、あの谷で、意識を失っていた――魔獣と化していたローラが守っていた大樹の枝だ。
『それは?』
レームがこちらを見る。
「それで壁が消えるのです?」
次の国は良く分からないという感じで首を傾げている。
違う。
これには何の力も無い。
これでどうにか出来る訳じゃない。
だけど、これが鍵になる。
全て、この中に眠っていた。
大樹の枝に眠っているマナを読み取る。
今の、小さな、小さな、目に見えないほどのマナすら見える僕なら分かる。
その中に眠っている情報を読み取る。
これが黒いマナを扱うための、理解するための情報――最後の鍵だ。
もう理解している。
駆ける。
飛んでいる赤竜の上を駆け、その赤竜の頭の上に乗る。
「グァグァ」
赤竜が不思議そうに鳴いている。
そのまま手を伸ばす。
見えない壁にぶつかる。
その瞬間、マナを創る。創り、変える。
創造する。
ここは門だ。
マナが世界を創り変える。
そして壁を抜ける。
いや、壁なんて無かったのだ。
今、この瞬間、壁は無いことになった。
何も無かった。
「ぬ、抜けたのです」
赤竜が宮殿の前に降り立つ。
もう障害は無い!