336 思い出と現実の狭間
『分かりました。そこに行ってみましょう』
『任せて!』
真っ赤な猫が飛び立つ。
「後を追いましょう」
「どういうことなのです」
次の国は首を傾げている。
「ラーラが待っている場所が分かったということです」
「なるほどなのです。それは急ぎ、向かうべきなのです」
次の国はそう言うが早いか、真っ赤な猫の後を追いかけている。何というか無駄に偉そうで無駄にお調子者だ。
「はぁ、また移動なのかよ」
そんな次の国を横目にフードのサザは大きなため息を吐き出していた。動くのはあまり得意ではないようだ。
「それで次は何処だよ」
「この城の中庭です」
フードのサザはもう一度ため息を吐き出す。
「それ、近いの?」
どうなのだろう。
『どれくらいの距離ですか?』
先頭を走っている真っ赤な猫に確認する。
『距離はあるけど、すぐ!』
真っ赤な猫がこちらへ振り返らずに答える。どうやら、この玉座からはそれなりに離れているようだが、それほど遠くはないようだ。
……同じ城の中なのだから、当然か。
「すぐですよ」
フードのサザはフードを深くかぶり、何も答えず、ため息だけを吐き出していた。
皆で城内を駆け抜ける。
玉座をでて、通路を走り、階段を降りて、また通路を走る。様々なよく分からないガラクタのような小物が並ぶ小部屋を横目に通路を抜ける。
そして、城の中庭に到着する。
『とても中庭に向かう道とは思えないな』
先ほど通った道を見たレームがそんなことを言っている。
『確かに、ちょっと小汚い感じでしたね』
城で暮らしていた王子としては、そういうところが気になるのかもしれない。
『そうね。城で働いている者たちのための裏道だから、ね。私はこちらの道しか知らないし……』
真っ赤な猫が中庭に到着したところで足を止める。そのままキョロキョロと周囲を見回している。
城の中庭。
そこは、この公国に来た時に訪れた屋敷の庭園にそっくりだった。木の垣根が迷路のようになっている。
もしかすると、あの庭園は、この城の中庭を参考にしていたのかもしれない。
『こっち……だったはず』
真っ赤な猫が花と木で造られた迷路を進む。
そして、その途中で止まる。
『どうしました?』
『ここ』
真っ赤な猫は足元を見ている。いや、迷路の壁、垣根の下側を見ているのだろうか。
『昔はもっと大きかったと思ったんだけどな』
真っ赤な猫が見ている先、そこには小さな穴があった。垣根の下側が薄くなり、小さな、子どもならくぐれそうなほどの穴が開いている。
『飛び越えま……』
僕が声をかけるよりも早く、真っ赤な猫が動く。小さな穴に頭を突っ込み、無理矢理、穴を大きく広げてくぐり抜けようとしている。
『も、もうちょっと……』
真っ赤な猫は体をふって穴を広げている。普通の猫なら頭が入ればそのままくぐり抜けられそうな気もするが、真っ赤な猫は難しいようだ。
『うむ。太りすぎなのじゃ。こでぶなのじゃ』
銀のイフリーダはその姿を見て笑っている。
……酷いなぁ。
『もう! 誰が! 太っているっていうの!』
真っ赤な猫が叫びながら大穴を開け、くぐり抜ける。
『ちょうど良い道が出来ました』
『ああ。そうだな』
真っ赤な猫がくぐり抜けた穴を通り、向こう側へ。
そこは……一面に花が広がる園だった。
「綺麗な場所だな」
フードのサザがらしくないことを言っている。
「心が洗われるのです」
次の国はもっとらしくないことを言っている。
……いや、次の国とは、性格が分かるほど長く一緒に居た訳じゃないけれど。
『ここは?』
真っ赤な猫に聞く。
『この城に隠された花園。この公国のお妃さまが造られていた花園。そして私とラーラが初めて出会った場所』
初めて出会った?
真っ赤な猫のローラとラーラは姉妹だったはずだ。なのに、初めて出会った場所? どういうことだろう。
『私は別に、ここに思い入れなんてなかったけど、ラーラは違ったんだと思う。だから、ここだと思う』
真っ赤な猫が花園を歩く。
その先には小さな小屋があった。本当に小さな、花に隠れるような小屋だ。
『きっとあそこで待っている』
真っ赤な猫が小屋を目指して歩く。花を踏み潰さないように気を付けて、ゆっくりと歩く。
「あそこに敵が居るのです。倒すのです」
その後に次の国が続く。
「倒したら駄目ですから」
「分かったのです」
分かったのか分かっていないのか、よく分からない。
小さな小屋。
中に人の気配がある。
一人だけだ。
……。
そういえば騎士たちの姿を見ない。玉座に向かっていた時は鬱陶しいくらいに現れたのに、その騎士の姿を見ない。
何らかの命令が出ているのだろうか?
『開けるぞ』
レームが小屋の扉に手をかける。
『ええ。お願い』
真っ赤な猫の手では扉を開けるのは難しいので、これは仕方ない。
そして、扉を開ける。
……。
そこにはゆりかごのような椅子と、その上で眠ったように目を閉じている青髪の老婆がいた。
……。
誰だ?
「遅かったですね」
青髪の老婆がゆっくりと目を開ける。
遅かった?
この老婆は誰だ?
『そんな……』
真っ赤な猫が悲鳴のような声を上げる。
いや、分かっている。分かっているけれど、でも、どういうことだ?
この青髪の老婆がラーラ?
少女が老婆になるほどの年月は経っていないはずだ。
これはどういうことだ?