335 きっと待っていると
『どういうことなの!』
言葉通りの意味だ。
ここに居たラーラは黒いマナで創られた偽物だった。
だけど、だ。
さっき、マナを介して繋がった時、青い髪の少女の姿が見えた。ラーラの魂が見えた。偽物のはずなのに、繋がり、魂が見えた。
偽物を介して本物のラーラまで繋がった。
……もしかすると、本物のラーラはこの近くに居るのかもしれない。
『何処か、ラーラが居そうな場所を知りませんか?』
『え! 何処って、でも、もう……』
真っ赤な猫は器用に頭を抱えて悩んでいる。
……。
「倒したのです!」
こちらの会話が聞こえていない次の国が叫んだ。次の国はとても嬉しそうだ。倒すことが目的ではなかったはずなのに、偽物のラーラを倒したことで満足してしまったようだ。
「先ほどのラーラは偽物ですよ」
だから、教える。
「な、なんとなのです! いや、知っていたのです。次も倒すのです」
次の国は無駄に偉そうだ。そして、あまり役に立っていない。いや、この城に乗り込むのには役に立った……けれど、それは赤竜の力だ。
とても微妙。
……。
いや、それよりも、だ。
真っ赤な猫のローラだ。
この公国が故郷である真っ赤な猫、さらにラーラの姉だ。
彼女なら……。
『何処か思い浮かぶ場所はありませんか?』
『もう思い浮かぶ場所なんて! だって、あの部屋には居なかったじゃない!』
真っ赤な猫は頭を振って悩んでいる。
『ソラ、どうなった?』
と、そんな会話の間にレームが復活したようだ。
『大丈夫ですか?』
吹き飛ばされた場所から起き上がったレームが頭を振っている。
『ああ。がっつりやられたよ。体が重い。しばらく戦うのは無理そうだ』
レームはふらついている。
「お、おい。無理をするなよ」
レームにマナ結晶を与えていたサザが、そのレームの体を支える。
『助かる』
本当に戦うのは難しそうだ。しばらくマナを貯めないと駄目だろう。
黒い刃の一撃を受けただけでこれだ。その攻撃を何度も耐えた真っ赤な猫はどれだけ凄いのか、という話だ。
……。
いや、多分、それは違うのだろう。
あの黒い刃は反撃の刃だ。
真っ赤な猫のローラがラーラに対して敵意を持っていなかったから、だから、耐えることが出来た。レームも、そこまで明確な敵意がなかったから、この程度で済んだ。
もし、これが明確な敵意を持って反撃を受けていたら――レームはマナを食らい尽くされ消えていたかもしれない。
やはり強敵だ。
『ラーラは強いね』
『ああ。予想外だ』
『当然ね!』
先ほどまで悩んでいた真っ赤な猫が得意気に頷いている。もう少し真面目に考えて欲しい。
『何を言っているのじゃ。我とおぬしが本気を出せば、あの程度、どうとでもなるのじゃ』
銀のイフリーダは呆れたように大きなため息を吐き出していた。
……確かにその通りだ。
ラーラは強い。
でも、だ。
だけど、銀のイフリーダの力を借りれば何とかなるだろう。でも、それは最後の手段だ。どうしてもラーラを何とかしないと駄目になった時に取るべき手段だ。
真っ赤な猫のこともある。
それに、僕たちはラーラと戦いたい訳でも、倒さなければ駄目な訳でもない。
だから、ラーラを倒すのは――消すのは、本当にどうしようもなくなった時だけだ。
『ラーラが何処に居るか分かりませんか? 何処か思い出の場所とか……』
思い出の場所……。
何故、ラーラが、ローラとラーラ、二人の思い出の場所に居ると思ったのだろう。
城の何処か秘密の部屋に隠れている可能性だってあるのに――普通に考えれば、その可能性の方が高い。
でも、多分、それは、ラーラが知っているからだと思う。姉が生きている。
この公国に来て最初の時に、庭園の東屋で出会った偽物に、僕は姉が生きていると伝えた。
多分、その情報が伝わっている。そんな気がする。
だから、待っている。
二人の思い出の場所で待っている。
こちらを試している。
『どうでしょう?』
『ある! そう、思い出の場所なら、ある! 魔法学院!』
真っ赤な猫が嬉しそうな声を上げた。
『それは何処ですか? ここから近い場所ですか?』
『ちょっと遠い。馬車で二日くらい』
……。
違う。
そこじゃない。
『多分、そこじゃないです。ラーラはこの城に居ます。すぐ近くのはずです』
『え! でも……』
真っ赤な猫がしょんぼりと頭を下げる。真っ赤な猫が思いついた場所は遠すぎる。そこは二人の思い出の場所なのかもしれない。でも、そこじゃない。
『それなら、小さい頃の出来事で何かないかな?』
レームの言葉。それを聞いた真っ赤な猫が、何かに気付いたように顔を上げる。
『もしかして!』
『あるんですね』
真っ赤な猫が頷く。
『中庭。この城の中庭! そこに……、そこできっとラーラは待ってる!』