334 届かせよう魂の言葉
真っ赤な猫が飛ぶ。
そのまま黒いマナに覆われたラーラの前へと着地する。
「次は魔獣ですか」
ラーラが黒い刃を振りかぶる。
『もう! 誰が魔獣だっていうの!』
真っ赤な猫のローラは動かない。まるで黒い刃が見えていないかのようだ。
『うむ。魔獣ではなく、猫なのじゃ』
銀のイフリーダはのんきにそんなことを言っている。
『それ、同じ意味だよね』
そして、黒い刃が真っ赤な猫を抜ける。
真っ赤な猫は黒い刃を避けようともしなかった。まるで最初から刃なんてなかったかのような、見えていなかったかのような反応だ。
真っ赤な猫の体を黒い刃が抜けたというのに、真っ赤な猫の、その体には傷一つなかった。
無傷?
黒い刃は見かけ倒しだった?
いや、違う。
真っ赤な猫の体をよく見る。
真っ赤な猫の体に眠るマナを見る。
……マナがごっそりと減っている。
『大丈夫ですか?』
『大丈夫に見える?』
真っ赤な猫はこちらへと振り返らない。ラーラを見たままだ。
『マナが減っているのが見えます』
『うん。さすが、ラーラ。凄い一撃だった』
真っ赤な猫はラーラを見ている。
黒い刃は体ではなく、マナを食らうようだ。
『でもね! 私には効かないから!』
真っ赤な猫が強く叫び、ラーラの前に立ち塞がる。
……マナを食らう?
もしかして、レームが起き上がってこないのは、それが原因?
「サザ、確か、マナ結晶の予備がありましたよね?」
「お、おう。突然、何だよ」
戦いに参加していなかったサザは、突然、話を振られたことに驚き戸惑っている。
「そこで転がっているレームにマナ結晶を与えてください」
「お、おう。わ、分かったぜ」
サザが戸惑いながらもレームの方へと動く。
「させると思いますか」
こちらの会話を聞いていたラーラが黒い刃を振り上げ、動く。
『行かせると思う?』
しかし、真っ赤な猫のローラが立ち塞がっている。
「邪魔な魔獣ですね」
ラーラが黒い刃を振り回し、手前へと引き、真っ赤な猫を斬り裂く。
『そんな攻撃、効かない!』
やはり真っ赤な猫の体に傷はない。だが、体の中のマナがごっそりと削られている。
僕たちはマナがないと生きていけない。このままでは真っ赤な猫は死んでしまう。
「この魔獣は何なのですか」
ラーラの顔から笑みが消える。
『私はどんな攻撃も受け止める。受け止めるから!』
真っ赤な猫がラーラの前に立ち塞がっている。
ラーラが黒い刃を振るう。
真っ赤な猫はその刃を受け止める。躱さない。躱そうともしない。ただ、受け止め、耐える。
「何故、攻撃しないのです」
それを見ていた次の国が弓に矢を番える。
……。
僕は動く。次の国の前に立ち、射線を塞ぐ。
「何をするのです」
「姉だから、です」
僕の言葉の意味が分からなかったのか、次の国は弓を降ろし、首を傾げている。
「彼女がラーラの姉だから、攻撃しないんですよ」
真っ赤な猫はギリギリのところでラーラの攻撃を耐えている。
だけど、いつまでも耐えられる訳がない。
そして、一番の問題は彼女の――ローラの言葉がラーラに届いていない。
「この魔獣は何のつもりでしょう」
ラーラが一方的に攻撃しているだけだ。真っ赤な猫のローラはただ黒い刃を耐えているだけだ。
『ラーラ、こんな攻撃、痛くも痒くもないから!』
ラーラにはマナが聞こえない。
声が届いていない。
言葉が届いていない。
だから、届かない。
……。
言葉?
そうだ、言葉だ。
嘘偽りのない、マナの言葉なら、もしかしたら……。
姉であるローラの言葉なら!
『ローラ、言葉を。ラーラに言葉をお願いします』
『もう! 分かってる!』
真っ赤な猫のローラはラーラに呼びかけている。
でも届かない。
だったら、通じるようにしよう。
届けよう。
それは僕の役目だ。
動く。
駆ける。
ラーラは結果を創る。それは恐ろしい力だ。だけど、戦い自体は――動きは素人だ。
遅い――隙だらけだ。
結果さえ創らせなければ、何とかなる。
ここで攻撃しても反撃という結果を創られるだけだ。それでは意味がない。
耐えている真っ赤な猫の横を抜け、ラーラの懐に入る。
「無駄です」
ラーラはこちらの動きが追えていない。迫ってきていることしか理解出来ていない。その瞳があらぬところを――いや、先ほどまで僕が居た場所を見ている。
攻撃はしない。
真っ赤な猫ローラに触れる。
銀の手でラーラに触れる。
ここでラーラがこちらに気付く。
「何を……」
繋ぐ。
僕というマナを、マナ生命体である、自分の体を触媒として、繋ぐ。
ローラとラーラを繋ぐ。
『ローラ、言葉を!』
僕は真っ赤な猫に呼びかける。
繋いだっ!
真っ赤な猫のローラが頷く。
『ラーラ、私が……分かる?』
そこにあるのは猫の姿ではない、以前の赤髪の少女。
『姉さま……?』
そして、対面にあるのは青髪の少女。
赤と青の少女が向かい合っている。
これは実際の光景じゃない。
マナを介して、ただ幻想を見ているだけ。
だけど、言葉は通じる。
『ラーラ、もう大丈夫だから!』
『姉さまが、どうして……』
そこで幻想が消える。
『え!』
実際の光景が甦る。
そこにあったのは黒い液体となって崩れ落ちているラーラだった。
繋いだと思ったのに、言葉が届いたはずなのに。
ラーラが消え、そこには黒い液体だけが残る。
何故?
黒いマナに喰われた?
いや、違う。
そうじゃない。
これは……。
『偽物だ』
『どういうこと?』
赤髪の少女の幻影が消え、真っ赤な猫の姿に戻ったローラが驚きの声を上げている。
『ここに居たラーラも黒いマナで創られた偽物だったようです』
『え!?』
偽物だった。
偽物だった!