331 公国の玉座を目指す
城の中を見回す。
獣国の地下にあった城ほど広くないようだが、それでも簡単に回れるような広さではない。
城外で待ち構えていた騎士だけではなく、城内に控えていた騎士たちも集まってくる。
急いでラーラを――この国の頂点である女大公のラーラを探す必要がある。
どうする? どうしよう?
「とにかく進むのです」
次の国がとりあえず勢いだけで城内を進もうとする。多分、何も考えていない。
『待って! 私が案内する。道は……多分、分かるから』
先ほどまで心ここにあらずといった様子だった真っ赤な猫が口を開く。
『大丈夫ですか?』
真っ赤な猫が決意を秘めたような顔でこちらを見る。そして頷く。
「何をしているのです。進むのです」
真っ赤な猫の声が聞こえない次の国は、動こうとしないこちらを見て足踏みをしている。多分、何も考えていない。
『こっち』
真っ赤な猫が飛ぶように、跳ねて進む。
「追いかけます」
『ああ。そうだな』
皆で真っ赤な猫を追いかける。
「どういうことなのです」
次の国も慌ててこちらを追いかけてくる。
真っ赤な猫の後を追うように城内を進む。
『邪魔!』
現れた騎士たちを真っ赤な猫が、爪で、翼で、尻尾で吹き飛ばす。
進む。
騎士たちはあまり強くない。マナを蓄えることが出来ないからなのか、神に奉納することが出来なくなったからなのか、何が原因かは分からない。いや、レームの国、領国で出会った人々の強さもそれほどではなかった。もしかすると、この公国の騎士も元からそれほど強くなかったのかもしれない。
城内を真っ赤な猫の案内で進む。
階段を駆け上がり、現れた騎士を跳ね飛ばし、進む。
『多分、ここ!』
そして、真っ赤な猫がとある扉の前で止まる。
この扉の向こうにラーラが待っている?
『分かった。開けるぞ』
レームが扉を開ける。
その先は普通の部屋だった。小さな本棚、木で作られたベッド、薄いカーテン、簡素な机、ボロボロのぬいぐるみ――部屋だ。城の中にある部屋とは思えないほど質素な部屋だ。だけど、それだけだ。誰もいない。
『誰もいませんよ』
『そんな!』
真っ赤な猫が驚きの声を上げている。真っ赤な猫のあては外れたようだ。
……。
何処に向かうべきだろうか。
偉い人が居そうな場所……。
そうだ、そういう場所なら!
『玉座とか、王が居てもおかしくない場所は分かりませんか?』
真っ赤な猫に話しかける。真っ赤な猫は猫らしくない仕草で立ち上がり、腕を組む。とても器用だ。
『王なら玉座だろうな。それは公国でも変わらないはずだ』
『でも!』
レームの言葉に真っ赤な猫は否定的だ。
『他に思い浮かぶ場所がないのなら、レームの案で行きましょう』
『うーん、分かった。案内する』
真っ赤な猫は何処か納得できない様子だったが、それでも他に思い浮かぶ場所がなかったらしく、最後は頷き、玉座へ向かうことになった。
来た道を引き返し、玉座へと向かう。
「なぁ、おい、結局、何処に向かっているんだよ」
フードのサザは頭を抱えている。
「そうなのです。こういう時は一番奥か、天辺を目指すのが正解なのです」
次の国は……あてにならない。リュウシュらしく複雑なことが考えられないのだろう。
「えーっと、玉座に向かっています」
駆ける。
何処にこれだけの数の騎士が隠れていたのか、と思うくらいに騎士が現れる。だが、そのどれもが障害にならない。
蹴散らし、進む。
……弱すぎる。
ヒトシュだから弱いのだろうか?
こんな強さで、今までよく生き延びることが出来た――と思うくらい、弱い。
いや、数は居るのだから、力を合わせれば少し強いくらいの魔獣は倒せるかもしれない。でも、それではかなりの犠牲を出すことにもなるだろうし、今の増え続けている魔獣に対処できるとは思えない。
僕の仲間たちや、仲間だった人たち、魔王の配下と比べて、弱すぎる。
何で、こんなにも力の差が出ているんだろう?
どういうことだろう?
いや、今は考えている場合じゃない。
玉座に急ごう。
駆ける。
城内を駆け抜け、玉座に向かう。
そして巨大な門が見えてくる。
その巨大な門の前には鎧を着込んだ重武装の騎士が待っていた。手には巨大な戦斧が握られている。何処か、毒と腐敗の谷で出会った鬼に似ている――思い出させる。
これは強敵かもしれない。
「やあやあ、我こそは聖騎士エ……」
『邪魔!』
強敵のように見えた重武装の騎士が真っ赤な猫の一撃で吹き飛んだ。壁に激突し、並べられていた調度品を壊し、その残骸に埋まる。
えーっと、一撃?
……。
「名乗りの途中で攻撃するとは……」
その調度品の残骸の山から手が伸びる。重武装の騎士は生きているようだ。
『しつこい!』
が、その上から真っ赤な猫の強力な爪による一撃がたたき込まれる。
……。
それだけで重武装の騎士は動かなくなった。死んだか、気絶したか……。
強そうに見えたが、形だけだったようだ。それとも、それだけ、こちらが強いということだろうか。
『自分が開けよう』
レームが重そうな扉に手をかけ、押し開けていく。扉がミシミシと音を立て、歪みながら奥へと開かれていく。
……えーと、こちら側に開く形の扉に見えるのだけど。
ま、まぁ、中には入れれば関係ないか。
レームが無理矢理作った隙間から玉座の間へと入る。
そこは装飾の施された絨毯が敷き詰められ高そうな調度品が並ぶ豪華な部屋だった。奥には玉座が見える。そして、その玉座には黒いマナを纏うラーラの姿があった。
この玉座の間にはラーラしか居ない。そのラーラは黒いマナを纏っている。
「よくぞ、ここまでやって来ました」
黒いマナを纏ったラーラが玉座から立ち上がる。
『ラーラ!』
真っ赤な猫が叫ぶ。
ここにはラーラ、一人だけだ。
「他の騎士の姿が見えないようだけど?」
「魔王陛下の将軍を倒すような方と戦えるほどの人材はいませんよ」
ラーラはそんなことを言っている。
「外のは?」
「献身的な騎士が勝手に守っていたのでしょう」
ラーラはこちらを見て微笑んでいる。
随分と余裕だ。