330 黒の目的白の目的
「えーっと、よく聞こえませんでした」
次の国は、何のために、この公国にやって来た?
「力を得るためなのです」
次の国が先ほどと同じ言葉を、先ほどは聞き逃してしまったことをもう一度教えてくれる。
「力、ですか?」
赤竜の首筋に跨がった次の国が頷く。
「そうなのです。魔王の居城は不思議な壁に守られているのです。ここに、そういったものを壊す力があるのです」
魔王の居城。
そうだ。
目的を忘れてはいけない。
一番は魔王を倒すこと。
そして、そのために魔王が住む宮殿を守る透明な壁を突破すること。
または、魔王を透明な壁からおびき出すこと。
魔王をおびき寄せるために、国の力を借りようとしていたのが今の僕たちだ。だけど、透明な壁を壊すことが出来るというなら、それが一番だ。
でも、だ。
壁を壊す?
壊す?
何処かで聞いたような、何か似たようなことがあって、それを求めて……。
うーん。
「それが、ここに?」
「あるのです」
次の国が指を差す。そちらは公国の中心部――多分、城のある場所だろう。
「そして、魔王の配下を倒したというお前たちを仲間にするために来たのです」
次の国がこちらを歓迎するかのように両手を広げる。
「ま、まぁ、それは少し予想外もあったのです」
次の国は表情の読めない蜥蜴顔でこちらを見ている。
「分かりました。向かいます」
城、公国の城。そこでラーラが待っているはずだ。
「さあ、乗るのです」
次の国の言葉にあわせて赤竜が首をさらに下げる。そのまま楽しそうにグァグァと鳴く。その口からはチロチロと小さな炎が見えていた。
「早くするのです。御子の背は広いのです」
次の国の言葉に頷きを返し、皆で赤竜の首筋から、その背に乗る。
僕に続き、レーム、フードのサザ、無言の真っ赤な猫が赤竜の背に乗る。確かに赤竜の背は広い。真っ赤な猫を含む皆で乗っても、まだ少しは余裕がある。
「落ちないように鱗を掴むのです」
言われたとおりに鱗を掴む。赤竜がグァグァと楽しそうに鳴き、翼を広げる。
そして、赤竜の巨体が飛び上がる。
大きな翼を羽ばたかせ、空を舞う。
巨体が飛ぶ。
早い。とても早い。
公国に並んでいる煉瓦造りの建物が背後へどんどん流れていく。
やがて城が見えてくる。
何処か年季を感じさせる、石造りの天を貫くような城だ。その造り、形は獣国の地下にあった城を小さくしたようなものに見える。
……いや、禁忌の地にあった氷の城と似ている、のか。
もしかすると、この城は、あの氷の城を真似して造ったものなのかもしれない。
そして、その城の前には騎士が並んでいた。騎士たちの手には弓が握られている。
「あれを!」
赤竜の首筋にいる次の国に呼びかける。
「分かっているのです」
騎士たちが弓に矢を番える。そして、こちらへ一斉に放つ。
……。
しかし、届かない。かなりの上空を飛んでいる赤竜には届かない。
「突っ込むのです」
騎士たちの矢はこちらに届かない。だが、次の国は赤竜を操り、あえて、そこへと突っ込む。
『こ、こやつ、何を考えているのじゃ』
『ああ。理解出来ない。ソラ、彼はこれが普通なのか?』
『えーっと、僕に聞かないでください』
銀のイフリーダと必死に鱗を掴んでいるレームが呆れた様子で喋っている。
矢が飛んでくる。
今度はこちらへと届く距離だ。
しかし、それらの矢は赤竜の翼が生み出す風によって、全て薙ぎ払われる。
「弓と矢は、こうやって使うのです」
次の国が笑い、持っていた弓に矢を番え、放つ。
矢が飛ぶ。
一本の矢が飛ぶ。
たった一本でどうするのだろうと見ていると、その矢が騎士たちの足元に刺さった。騎士に当たりもしない。
騎士たちが馬鹿にしたような様子で刺さった矢に近づく。
「えーっと、あのー」
「見るのです」
そして、騎士たちが集まったところで、刺さっていた矢が爆発した。爆発に巻き込まれた騎士たちが吹き飛ぶ。
……。
えーっと、これ、弓と矢の腕は関係ないよね。
『これだから弓を使うような輩は駄目なのじゃ』
銀のイフリーダも、これにはご不満だ。
「まだまだあるのです」
次の国が次々と矢を放つ。
矢が地面に刺さる。
「うわああああぁ!」
騎士たちが叫び声を上げ、逃げていく。
……。
……。
しかし、刺さった矢は何も起こらない。騎士たちが恐る恐ると刺さった矢に近づく。
……何も起こらない。
「突っ込むのです!」
赤竜が飛ぶ。
えーっと、爆発は?
何も起こらない。
爆発は?
赤竜がその翼が起こした風の圧力で騎士たちを吹き飛ばす。
そのまま城の中へと突っ込む。城の壁を壊し、赤竜が城内へと攻め込む。
……。
爆発する矢を放った意味は? しかも最初だけ?
「ここは任せたのです」
次の国は赤竜に声をかける。赤竜は嬉しそうにグァグァと鳴き、集まってきた騎士たちの方へと振りかえる。
次の国が、その赤竜の首筋から飛び降りる。
「このまま攻め込むのです」
……。
何故か攻め込むことになっている。
「早くするのです」
こちらも慌てて赤竜の背中から降りる。
城の中へ。