327 複雑な事単純な事
黒いマナの壁。
目に見えるほどの濃さで黒いマナが集まっている。
背にある翼を広げ、飛ぶ。この庭園を覆っている黒いマナの壁を目指して飛ぶ。
まずは……っと。
世界樹の弓を構え、サザに作って貰った矢を番える。そのままマナを流し込み、放つ。
白い輝きを纏った矢が飛び、黒いマナの壁に刺さる。刺さった矢は黒いマナの壁の中へと入り込み、そのまま黒いマナに喰われた。
……喰われたとしか思えないほどの勢いで、侵食され、消えた。
この黒いマナの壁は随分と分厚く作られているようだ。
矢ではなく、直接触れてマナを送り込めば、その部分だけを消すことは出来るかもしれない。
だけど、だ。
この黒いマナがどれだけの厚さで作られているか分からない。下手に手を出せば、逆に飲み込まれてしまう。直接触れるのは最後の手段だ。
見えるほどの濃さは伊達じゃないということ、か。
……。
見えている理由は何だろう?
分かり易く無駄だと思わせるため?
見えない方が不意を突けたはずだ。こちらがマナを見ることが出来ると知っていたから、見えないようにするのは無駄だと思った?
でも、だ。
こちらを罠にかけるため準備していたと言っていた。それくらいの準備は出来そうな気がする。そう、簡単に不意を突けたはずだ。
何故、この黒い壁は見えている?
それにこれだけの量のマナを何処から手に入れたのだろう?
この公国に入ったところで魔獣の死骸の山を見た。それが元になっているのだろうか?
……。
公国の境目にあった、こちらを惑わす見えない黒いマナの層。あれは黒いマナが見えるか見えないかを選別するためのものだった? いや、違うかな。あれは人に反応しないものだった。僕たちが人だったなら、素通りできるものだった。
それに、だ。
公国に入ってすぐに騎士たちがやって来た。あまりにも間が良すぎる。惑わされていたとしても、そうでなかったとしても、ここに連行するための、そのための騎士たちだったはずだ。
……。
人とそれ以外を選別していた理由は分かる。だけど、僕たちが来ると分かっているのに、そのままにしていた理由は? 魔王から僕たちが人外だと聞いていた? そうは思えない。
見えない黒いマナを人にも反応するようにしていれば……?
何故、そうしていなかったのだろう。
ここまで準備していた割には、そこだけ杜撰に見える。
出来ないのか? それとも与えた方向性を変えるのは難しい?
……。
ラーラは、この黒いマナを創造の力だと言っていた。
創造する。
創造?
何か方向性を、こうだ、という命令を与えて、そうなるように、周囲を、世界を作り替えるのが、この黒いマナの特性なのかもしれない。
それはどれくらいの期間? 永続?
セツは黒いマナで自分自身の情報を書き換えていた。それは恐ろしい力だ。だけど、扱いきれず、喰われてしまった。
この黒いマナの壁は?
黒いマナは創造する力。
作り替える力とも言い換えられる。
そして、一度与えた方向性を変えるのは難しい――か、出来ない。
セツとの戦いで偶然手にした白銀のマナ――ラーラが破壊の力と呼んでいるマナなら打ち消すことが可能。
打ち消すにはマナの量が重要。白銀のマナも黒いマナに喰われてしまう。
この白銀のマナは元からある自分のマナを作り替えたものだ。いや、元からあった人の魂となるマナ、その中に眠っていた情報を呼び覚ましたと言った方が正しいのだろうか。
自分のマナを使っているのだから、どうしても限りがある。
この黒いマナを消し去れるほどの量はない。
この黒いマナは『何』を元にしている? 何も無いところから生まれたとは思えない。この黒いマナは食らっている。こちらを食らう。
入り口にあった魔獣の死骸。
……。
仮定に仮定を重ねるような考えだけど、でも、もしかすると……?
黒いマナの壁。
わざわざ見えるようにしている。
それは無駄だと思わせるため?
翼をたたんで空から地上へ、皆のところへと降りる。
『ソラ、どうだった?』
すぐにレームが話しかけてくる。
『随分と厚い壁のようです。これを抜けるのは難しそうです』
『そうか』
レームが腕を組む。
『それでどうするつもりなのじゃ』
東屋の黒いマナを抑えていた銀のイフリーダも戻っている。
『この黒いマナ、球体だと思いますか?』
『球体? どういうことだ?』
……。
真っ赤な猫は会話に参加しない。ショックを受けたように固まっている。
『この黒いマナをどうやって維持しているのか。どうやって作ったのかということです』
こちらに無駄だと思わせるために、わざわざ見えるようにしてある。
『この黒いマナを作るとしたら、どれだけのマナが、糧が必要となるでしょうか』
作ることは出来ても維持するのは難しいはずだ。自国を犠牲にするつもりなら、それも可能かもしれない。でも、僕たちを閉じ込めるためだけに、そこまでするだろうか?
『場所によっては層の薄い場所があるのだと思います』
『ソラ、それが分かるのか?』
レームの瞳が輝く。いや、そこに目はないのだけれど――それ以前に、兜で顔は見えないのだけれど。
『分かりません』
レームが目に見えるほど落胆する。
だから、指を差す。
『ですから。分かる場所を進みます』
地面を指差す。
これは仮定だ。
だけど、もう、この方法しか考えられない。
単純で、馬鹿らしい方法だけど、これなら抜けられるはずだ。
穴を掘って、抜ける!