325 良い過去良い未来
ラーラが見つけた?
黒いマナを?
「ど、何処で、どうやって?」
黒く変色したマナを持つ女性が首を横に振り、そして手を振る。それに合わせ、控えていた二人の騎士が深く頭を下げ、この場から去って行く。
騎士たちには聞かせられない話なのだろう。
「そ、その、それで……」
「その前に先ほどの話の続きを」
黒く変色したマナを持つラーラらしき女性がこちらを見ている。
『ねぇ、どうするつもりなの?』
真っ赤な猫は不安そうな顔をしている。
姉と妹。
ローラとラーラ。
『情報を引き出します。協力してください』
『もう! そんなことをしなくても普通に話せば分かってくれるから!』
真っ赤な猫のローラは妹であるラーラを信じている。信頼している。
だけど、僕は、この黒いマナに覆われた女性を信じることが、信じ切ることが出来ない。
だから、動く。用意する。
「あ、あなたの姉が生きているとしたら?」
ラーラは大きく息を吐き出し首を横に振る。
「つまらないこと。私に姉などいません。時間の無駄だったようですね」
『ちょっと!』
真っ赤な猫が驚きの声を上げている。
『うむ。もう死んでいるから居ないも同然なのじゃ』
『あー、ああ。確かにそうとも言えるな』
銀のイフリーダの言葉に感銘を受けたのか、レームがぽんと軽く手を叩いていた。
『なんなのよ、もう!』
真っ赤な猫はご機嫌斜めだ。
真っ赤な猫のこともある。この女大公――ラーラとはあまり敵対したくない。
そのために出来ることをする。
『イフリーダ、お願い』
僕に言われ、まだ何かを言おうとしていた銀のイフリーダが口を閉じる。
そんな僕たちのやりとりが分からないラーラは言葉を続ける。
「あなた方をここに呼び寄せた理由が分かりますか?」
僕たちを素直にここまで通したこと。僕たちを知っていたこと。魔王から僕たちの話を聞いていたのだろう。そして、ここで待ち伏せするように頼まれたのだろう。
でも、だ。
「せめて、魔王に協力しないように、で、出来ませんか?」
ラーラは首を横に振る。
「何故、そのようなことを。あなたは魔王陛下がやろうとしていることを知っていますか? 知っていて言っているのですか」
やろうとしていること? 目的?
魔王の目的?
「人の解放です。あの方は人を軛から解放するために動かれているのです。それを助けるのは人として当然のことでしょう」
人の解放、か。
確かにそうだったのだろう。
迷宮の奥に眠る神を倒すことが魔王の目的なのだろう。知っている。よく知っている。誰よりも知っている。分かっている。
だけど、そのためなら何をしても良いのだろうか。目的を達するために、色々なことが見えなくなっていないだろうか。
いや、そんなことはどうでも良い。
ただ、僕は、自分のために、戦う。それだけだ。
「わ、分かりました。だからこそ、お願いです。せめて、僕たちと敵対、だけはしないように出来ませんか?」
ここまで来ると協力して貰うのは難しいかもしれない。
「見ず知らずのあなた方と魔王陛下、どちらが信頼に足るか答えるまでもないでしょう」
ラーラからすれば、こちらは見ず知らずの相手、か。
と、そこでラーラが微笑んだ。
「いえ、そうですね。最近、この公国に現れ、暴れている竜の魔獣がいます。それを倒してくれるのならば考えましょう」
魔獣退治、か。
獣国と同じだ。
でも。
今更だ。
それで信用してくれる?
そんなはずがない。
『アーヴィよ』
真っ赤な猫の声。
『ぬいぐるみの……猫のアーヴィ。ラーラに伝えて』
……。
どういうことだろう?
二人の間だけで――姉妹の間だけで通じる合い言葉なのだろうか?
「あ、アーヴィ。ぬいぐるみのアーヴィ」
『アーヴィは元気?』
「アーヴィは、げ、元気?」
真っ赤な猫の言葉を伝える。
変化は劇的だった。
ラーラの顔が驚きに染まっていく。
「そ、そんなはずは……、そんなはずは……」
ラーラが頭を抱え、座っていた椅子を蹴り、よろよろと後退る。
「駄目、違う。いえ、そんな……でも、うふふふ」
ラーラが笑う。その顔は歪んでいる。
「本当に、姉さんが? 会えない、会えない。私が、この国で、力を得るためにどれだけ手を汚したか、会えない。合わせる顔がない」
ラーラの顔が苦痛に歪んでいる。
「協力、協力してくれませんか?」
ラーラは顔に手を当て、頭を沈め、その首を横に振る。
「遅い……い、いえ、違う。今更、引き返すことは出来ない」
ラーラの中の黒いマナが蠢く。
『ラーラ!』
真っ赤な猫が叫ぶ。だが、その言葉は届かない。マナの声はラーラには聞こえない。
「良いお話でした。少しだけ昔を思い出すことが、懐かしむことが出来ました」
ラーラが顔を上げる。
その顔は……笑っている。
「そのお礼にあなた方を殺すのは止めましょう」
結局、か。
ラーラは僕たちを殺すつもりだったのだろう。竜の魔獣を退治したとしても、その後に殺すつもりだったのだろう。
「ですが、魔王陛下の邪魔となるあなた方にはここで!」
ラーラの黒いマナが動く。
……。
しかし、何も起こらない。
いや、何も起こさせない。
「そ、それで?」
ラーラが驚きの顔でこちらを見ている。
東屋の下に蠢いていた黒いマナ――その存在に気付きながら放置なんて出来る訳がない。だから、対処させて貰った。
セツ、この公国に入った時、そして、ここ。これで三度目だ。もう三度目だ。
銀のイフリーダに頼み、下で蠢いていた黒いマナを抑えこんで貰っている。ラーラがやろうとしていたことは、この下で蠢いている黒いマナを使った何かなのだろう。
だが、それは出来ない。させない。
「そ、それで?」
ラーラの驚きの顔が消える。表情の消えた顔でこちらを見ている。
「なるほど、ですね。四魔将の一人を倒しただけはあるようですね。魔王陛下が気にされるはずです」
ラーラはこちらを見ている。