324 黒いマナ白いマナ
ラーラ。
魔王アイロの妹と同じ名前を持った青髪の少女。
真っ赤な猫ローラの妹。
この目の前の女性が、そのラーラだというのだろうか。青髪の少女と一緒にいたのは短い間だった。でも、しっかりと覚えている。姉のために禁域に飛び込んできた少女。
青い髪が特徴的な少女。
この目の前の女性が、あの時の青髪の少女?
「こちらへどうぞ」
椅子に腰掛けた女性がこちらを誘う。その瞳は冷たく、鋭い。
『あの女性が君の妹のラーラなの?』
とてもでは無いが同じ人物だとは思えない。
『ええ。あの特徴的な青髪、ううん、私が間違えるはずがない!』
姉である真っ赤な猫ローラの言葉。髪が青いのかどうかは分からないが、姉である真っ赤な猫がそう言うのならば間違いないのだろう。
青髪の少女と別れてから、どれだけの月日が経ったのだろうか。どれだけのことがあったのだろうか。
彼女の髪を見る。そして、色を感じるために感覚を広げる。
……。
と、そこで気付く。
彼女のマナの色は――黒く変色している。黒すぎて、彼女の髪の色が青かどうか分からない。そして、彼女が居る場所、東屋の下に蠢く黒いマナが見える。
……これは?
「あ、あなたが女大公?」
「ええ」
目の前の女性がさらに強く微笑む。笑っているが笑っていない。
『皆、油断しないように』
『何言ってるの! 妹のラーラよ! 私の妹のラーラが……』
『それでも、です』
真っ赤な猫のローラを見る。
『彼女はあなたの妹のラーラかもしれません。でも、今は、この公国の大公です』
公国。
公国の良い噂は聞かない。
大公は公国で一番偉いと聞いた。彼女が大公になってからどれくらいなのだろうか? 大公になったばかり? そんなはずがない。
そして、だ。
彼女が大公に――頂点に立った後も公国の噂は変わっていない。
そう、変わっていない。
「こちらでゆっくりとお茶でもどうです?」
女性は微笑み続けている。何処か異様だ。
首を横に振る。ここにはお茶を飲みに来た訳じゃない。
……一応、聞くだけ聞いてみよう。
「ま、魔王を倒すのに協力、し、して貰えませんか?」
「何故?」
女性が首を傾げる。
分かっていた反応だ。
『何故って! もう! 魔王が悪い奴だからじゃない!』
真っ赤な猫はそんなことを言っている。だが、彼女には、真っ赤な猫のマナを使った言葉は届かない。
「魔王は、く、国を滅ぼすような輩ですよ」
「それは領国のことかしら?」
女性が微笑む。先ほどから、この女性は薄く、冷たく笑ってばかりだ。
「はい」
魔王はレームの国を滅ぼしている。あの国は――かつて国だった、あの場所は、魔獣や死人が蠢く、闇の……本当に酷いことになっている。
「それは領国が約束を違えたからだと聞いています。あの戦争は領国が仕掛けたものでしょう。戦に敗れ、国が滅びるのは世の常ではないでしょうか」
女性はこちらを見て微笑んでいる。
『もう! この子は何を言っているの!』
真っ赤な猫が女性を見て叫んでいる。二人を見ていると、真っ赤な猫だけが子どものままで、妹のラーラは大人になってしまったかのような、そんな錯覚を受ける。いや、錯覚ではないのだろう。真っ赤な猫の時だけが止まってしまっていたのだ。
『耳が痛いな』
『ふむ。こやつには耳なんてないのじゃ』
銀のイフリーダはそんなことを言って笑っている。それを聞き、レームは肩を竦めていた。
……。
フードのサザはフードを深くかぶり何も言わない。今は口を出すべきではないとでも思っているのだろうか。
にしても、予想通り、か。
異形の姿の僕たちを、魔獣としか思えない真っ赤な猫を、そのまま、ここまで案内した時点で分かっていたことだ。
そして、黒いマナ。
確定だ。
「こ、これは魔王の命令ですか?」
女性が首を傾げる。
「これとは?」
魔王のことは否定しない。
つまり、そういうことだ。
「こ、ここに広がっている黒いマナのことです」
「その黒いマナというものは初めて聞きます。ですが、何について言っているのか分かります。ええ、分かります」
女性は微笑んでいる。
「その力は、魔王がもたらしたものですか?」
「それを教える必要がありますか?」
「教えても特に損はないでしょう?」
この程度の情報で何かが変わる訳じゃない。
「ですが、私に得もないでしょう?」
女性がこちらを見る。見ている。だが、その目は僕を見ていない。
どうでも良いのだろう。魔王に言われたから、待っていただけなのだろう。
だから、首を横に振る。
「あ、あなたの姉の情報があります」
『ちょ、ちょっと!』
それを聞いた真っ赤な猫が大きな叫び声を上げている。少しだけ静かにして欲しい。
「……それは、どういう意味ですか?」
女性がこちらを見ている――いや、初めて、こちらを見た。その目は僕を見ている。
「こ、言葉通りの意味です」
……。
女性が大きく息を、何処か疲れたような、今までため込んでいたものを吐き出すかのように――大きく息を吐き出す。
「この力は私が見つけ、魔王陛下に伝えたものです」
2019年1月23日修正
『レーム、レームには耳なんて無いじゃないですか』レームが肩を竦める → 『ふむ。こやつには耳なんてないのじゃ』銀のイフリーダはそんなことを言って笑っている。それを聞き、レームは肩を竦めていた。