323 赤い少女青い少女
ゆらゆらとした揺れによって目が覚める。
『こ、ここは?』
『ああ。ソラ、目覚めたのか』
レームの声。
周囲を見回し、今の自分が置かれた状況を確認していく。
今、自分がいるのは……暴れ馬の上だ。周囲には石畳の道と煉瓦を積み上げた建物が見える。ここは公国の街なのだろう。
自分の横には歩いているレームとサザの姿、その後ろに真っ赤な猫の姿がある。皆、無事のようだ。
……。
だが、この暴れ馬の上にあった女の姿が見えない。
……いや、それよりも、だ。
もう一度、周囲を見る。そこには兵士たちの姿があった。
兵士に囲まれている。こちらを取り囲んでいる兵士と一緒に何処かへ向かっている。
『何処に向かって? それに、この馬の上にあった女は? 取り囲まれているようですが、大丈夫ですか?』
聞きたいことが多すぎる。
レームがこちらに顔を寄せる。
『ああ。今のところは大丈夫だ』
まずは安全だということを教えてくれる。これで警戒の段階を一つ落とす事が出来る。少しだけ安心した。
『それで……』
『一つずつ答えるよ』
レームが教えてくれるようだ。真っ赤な猫は何も喋らない。
『まず、リリィだが、向かうところがあるらしく、別行動中だ』
リリィ? ああ、多分、この暴れ馬の上に乗せていた女のことだろう。
『そのリリィが説明してくれたからな。この騎士たちとは争いになっていない』
なるほど。兵士ではなく、騎士、か。あの女でも少しは役に立ったようだ。
『そして、今、向かっているのは城だ。この公国の女大公が待っている城に向かっているはず、だ』
『女大公ですか?』
『ああ。この公国で一番偉い人物だ。自分が知っている時の一番偉い人物は女性ではなかった。自分が死んでいる間に変わったようだ』
レームが自虐的に笑い、肩を竦める。
城、城か。また城か。
『しかし、物々しいですね』
自分たちを騎士が囲んでいるので、捕虜として連行されているような気分になってしまう。
『うむ。こやつらは我らの力に恐れを成しているのじゃ』
『ああ。それもあると思うよ』
銀のイフリーダの言葉にレームが返事をしている。そう、レームだ。
真っ赤な猫は静かなものだ。いつもなら銀のイフリーダと会話しているのは真っ赤な猫なのだが、今は不気味なくらい静かにしている。
『何故、その女大公の元へ?』
レームが首を横に振る。
『分からない。この騎士がやって来た――見計らったかのような間といい、何かあるのだろうが、分からないな』
レームは分からないようだ。
あの女が間に入ってくれたからか、こちらへの扱いはそれほど悪くない。ただ囲んでいるだけだ。こちらを刺激しないように距離を取っている。話しかけても来ない。
……。
暴れ馬の上から飛び降りる。周囲の騎士たちが反応する。腰の剣へと手を伸ばしかけ、すぐに元へ戻していた。この騎士たちは完全な味方ではない。こちらを護衛している訳でもない。警戒している。命令に従っているだけ、という感じだろうか。
『うん? ソラ、もういいのか?』
『ええ。もう回復しました。暴れ馬の上にはレームが』
『ああ。助かる』
レームが暴れ馬に跨がる。
フードのサザは、そのフードを深くかぶり、顔を見せないようにして静かに着いてきている。過去のことがあるので目立たないようにしているのだろう。
いつもはうるさいくらいの真っ赤な猫のローラも、何か考え事をしているのか静かなものだ。
先導する騎士たちに連行されるような姿で石畳が続く公国の街並みを歩いて行く。道に、人の姿はない。自分たちと騎士たちだけだ。
道の両端には煉瓦を積み重ねて作られた建物が並んでいる。その中から息を潜めるように隠れている人の気配を感じる。人がいない訳ではない。恐れているのか、怯えているのか、それともそういう命令を受けているのか、人々は建物の中に引き籠もっているようだ。
道を歩く。
そして大きな屋敷が見えてきた。
切りそろえられた植物の垣根が迷路のように並ぶ、そんな大きな庭園も見える屋敷だ。
どうも、ここが目的地のようだ。
レームは城に向かっていると言っていたが、城ではなく屋敷に案内された。それとも、この公国では、屋敷が城代わりなのだろうか。獣国の地下にあった巨大な城を見た後だと貧相という印象しか受けない。
いや、個人が持つ家としてはとても大きくて立派なのだろう。だけど、城と呼ぶにはあまりにも小さすぎる。
囲んでいた騎士の一団が止まる。騎士の一団の中から代表した二人だけが、僕たちを案内するようだ。他の騎士たちとはここでお別れのようだ。
騎士が迷路のような庭園へと案内してくれる。
てっきり屋敷の方へ向かうのかと思ったが、目的地は庭園の中にあるようだ。
二人の騎士の案内で迷路のような庭園を進む。
そして、中央に位置すると思われる、その場所に辿り着く。
そこには小さな池があった。そして、その池の中央には小さな東屋が建っていた。東屋にはテーブルと椅子が、そしてそこで優雅に何かを飲んでいる女性の姿が見える。
二人の騎士に案内されるまま池に架かった橋を渡り、東屋へ。
東屋で待っていた女性がこちらに気付き、微笑む。とても高貴な――支配することになれたものだけが持つ独特の雰囲気を感じる。
「ようこそ」
女性が口を開く。
この女性が女大公なのだろうか?
『なっ!』
女性を見た真っ赤な猫が叫ぶ。その顔は驚きに満ちている。
そして、真っ赤な猫の言葉が続く。
『なんで、ラーラが……』
……。
え?