322 黒い断層白い光輝
最初は魔王による攻撃なのかと思ったが、どうも違うようだ。むしろ逆に魔獣を退けるための――この公国を守るための役割を果たしているように思える。
つまり、まだ公国は無事だということだろう。
だけど、今はそれが問題になっている。
暴れ馬の上の何も変わらない様子の女を見る。僕たちが普通の人であれば、何も問題が無かったはずだ。しかし、だ。実際は問題になっている。
これを、どうするべきだろうか。
このよく分からない状況を、無理矢理、力ずくで突破して良いものなのだろうか。公国に敵対行動だと判断されないだろうか。公国とは仲良くなりに来た訳じゃない。だけど、ことを荒立てる必要も無い。
今はまだ普通に考えることが出来る。
……出来ているはずだ。
雪を、氷を、見てはいるけれど、それだけだ。
雪だ。
氷だ。
レームや真っ赤な猫のように思考までおかしくなっていないはずだ。認識がずれては――おかしくなってはいないはずだ。
はず、だ。
雪を、氷を見ているだけだ。
でも、このままでは不味い。
雪、氷だからだ。
どうする。
どうすれば?
どうやれば……?
……。
いや、答えは分かっている。
雪、氷だ。
マナ、だ。
この世界はマナによって成り立っている。今の、このよく分からない状況もマナが引き起こしていることで間違いないはずだ。
それなら!
マナを見る。
額に集中し、世界を、マナを感覚で捉える。このために目を潰した。このために感覚を研ぎ澄ましてきた。この感覚に慣れてきた。その覚悟によって、その思いによって、今ならもう少し使いこなせるはずだ。
小さなマナ。
世界を構築しているマナ。
感覚を研ぎ澄ませていく。
見える。
視界に、感覚の先に、マナが、マナを感じる。
小さな、小さな、世界。
通常のマナに異物が混じっているのが見える。
黒い、黒い――異物。
黒いマナだ。自分の体を見る。小さな黒いマナが、普通のマナに混ざり込んでいる。
混ざっている!
もしかすると、これが今の状況を作っている?
そうとしか思えない。
周囲にも、混じっている。黒いマナが混ざった層が出来ている。これが壁になっている。公国を覆っている。
これを何とかすれば――状況は打破出来るはずだ。
まずは自分の体の黒いマナからだ。この黒いマナをどうやって、どうやれば……?
小さい。目に見えないほどの、小さい、小さい、マナ。この黒いマナを手で掴むことは出来ない。小さすぎる。
……。
しかし、これが原因。体の中に入り込んでいる。自分の体の中のマナに混ざり込んでいる。
どうすれば?
どうやって……?
手を、体を、中を、マナを、見る。
僕はマナ生命体だ。体を作っている肉はあれど、その本質はマナ。マナが本質。
マナにはマナで干渉できるはずだ。
自分の中のマナを燃やす。マナを燃やし、黒いマナを、全てを!
体が白銀に燃える。マナが燃える。
白く、輝く。
体の中から黒いマナを燃やしていく。
燃える。黒いマナが消える。感覚が広がる。
小さなマナを見続けたからか体が軋む。体内のマナを燃やしたからか、体が重い。だが、これで感覚が戻った。
正しく世界が見えてくる。
黒いマナの層の先に魔獣の死骸が見える。人、無数の獣人の死骸の山も――確かに、これはサザが言っていた通りの光景だ。
これが真実の世界。実際の光景。
黒いマナ。
この公国を守っていたのは黒いマナだった。
セツが身に纏っていた黒いマナと同じものだ。セツは、これを見せたかったのだろうか? 公国と魔王に何かの関係があるのだろうか?
体が痛い。軋む。感覚が痛む。
だが、まだやるべき事がある。
レームと真っ赤な猫、サザを見る。
三人は虚ろに宙を見ている。これが実際の皆の姿、か。このままにはしておけない。
感覚を延ばし、見る。三人の中にも黒いマナが入り込んでいる。混ざっている。これが、おかしくなっている原因。
暴れ馬にも混ざっている。だが、その上に乗っている女には混ざっていない。黒いマナは女だけを避けている。人だから、か?
目に見えないほど小さなマナなのに、その小さなマナが指向性を持っている。何らかの規則、法則、能力を持っている。
この黒いマナは何なのだろうか?
いや、今はそれよりも急いでやるべき事がある。
手を伸ばす。
レームに触れる。
真っ赤な猫に触れる。
フードのサザに触れる。
暴れ馬に触れる。
皆のマナへと手を伸ばし、感覚を伸ばし――触れる。マナを活性化させる。体と、それを構成しているマナに入り込んだ黒いマナを燃やす。
燃やし尽くす。
『吹雪が……ん? ソラ、これは!』
レームが驚きの声を上げる。
『え? 死体が? どういうこと!』
真っ赤な猫もだ。
フードのサザはめまいを起こしたのか、軽く頭を振っていた。
『どうやら上手くいった……かな?』
『あ、ああ。ソラ、か。急に頭がすっきりしたような……』
『ええ。何だか、おかしなものを見ていたような……』
レームと真っ赤な猫は正気に戻ったようだ。
これで大丈夫だ。安心して任せることが出来る。
『後は任せました』
だから、二人に告げる。
もう限界だ。
目に見えないほどの小さなマナを見続けたことで、感じ続けたことで、体が重い。考える力が負荷に耐えられなくなっている。
意識が遠のく。
この力……使いこなすには、まだまだ……慣れが必要だ……。
そして遠のく意識の中、無数の兵士がこちらへと駆けてきている姿が見えた。