321 雪の世界氷の世界
『雪降ってるじゃない! 通りで寒いと思った!』
真っ赤な猫が寒そうに体を震わせている。
……?
雪?
雪なんて何処にも降っていない。
自分の感覚では雪は感じない。雪は見えない。
『ああ。自分は寒さを感じないが、この吹雪は辛いな。身動きが取れない』
吹雪?
レームには吹雪が見えているようだ。
吹雪なんて何処にも見えない。
どういうことだ?
ここで何が起きている?
『イフリーダ、見える?』
『こやつらは何を言っているのじゃ?』
銀のイフリーダは首を傾げている。
馬の上に乗っている女を見る。雪が降っているなら、吹雪いているなら、寒いのなら、大変なことになっているはずだ。
しかし、女は不思議そうな顔でこちらを見ているだけだった。
……?
あれ?
雪? 吹雪?
『レーム、レームには何が見えている?』
『ソラ、何のことだ?』
レームは首を傾げている。
『吹雪は、どのような感じですか?』
もう一度、確認する。
『ああ、前が見えないほどの猛吹雪だな。この国にここまでの雪が……』
『ええ! こんなにもちらほらと雪が降っていたら寒くて当然ね!』
……。
おかしい。
これはおかしい。
真っ赤な猫は雪が降っていると言っている。レームは、それを前が見えないほどの吹雪だと言っている。
見えているものが違っている。なのに、普通に会話をしている。
同じものを見ているかのように会話している。
おかしい。
『吹雪ですか?』
『ああ。そうだな。何度も聞いて、ソラ、どうしたんだ?』
レームの答えは変わらない。
『吹雪ですか?』
『どうしたの? 雪は降っているから!』
真っ赤な猫の答えは変わらない。
真っ赤な猫が吹雪を知らないという可能性も否定は出来ない。だけど、これはあまりにもおかしい。
二人とも見えているものが違っているようなのに、まるで同じものを見ているかのように会話している!
会話が成り立っている。
……。
僕の目には白銀の氷の世界が見えている。雪の世界だ。
氷の世界だ。
雪の世界だ。
あれ?
ちょっと待てよ?
サザはどうなのだろうか?
サザも驚いていた。だから、てっきり雪景色に驚いていたのだと思った。
だけど、だ。
サザは一言も雪景色だとは言っていない。氷景色だとは言っていない。驚いていただけで景色のことについては何も言っていない。
レーム、真っ赤な猫との会話の流れで、てっきりサザも同じことに驚いていると思ってしまった。でも、だ。僕やレーム、真っ赤な猫のローラとはマナで会話している。サザはこの中に入っていない。
サザは僕たちの会話の内容を知らない。
……。
「サザ、き、聞いても良いかな?」
何かに目を奪われ、驚いていたサザがこちらを見る。
「何?」
サザが寒そうにしている様子は無い。
「ゆ、雪は降っていますか?」
サザがおかしなものでも見るような顔で首を傾げている。
「ふ、吹雪いていますか?」
同じ反応だ。何を聞いているのだろうという顔だ。
「サザには何が見えていますか?」
「何って、アレが見えないのか?」
サザが何かを指差している。そこには何も無い。いや、しいて言えば雪の絨毯が、一面の氷があるくらいだろうか。
「ご、ごめんなさい。その、アレを教えて貰えませんか?」
サザはますます怪訝な顔をする。
「からかっているのか?」
「い、いえ、大事なことです。教えてください」
サザを見る。
「死体だよ。無数の魔獣の死体。それにヒトシュの死骸も……」
!
どういうことだ!?
「サザ、死体ですか? 雪は? 氷は?」
「おい、何を、言って……ん? そういえば確かにここの雪は寒いな」
死体があったであろう場所を見ていたサザが急に寒そうに体を抱えて震え始めた。
「サザ、死体は……?」
「ん? 何を言っている? 雪ならさっきから降っているじゃないか」
サザがおかしい。
いや、これはどういうことだ?
最初と言っていることが変わっている。
何が違う?
何が起こっている?
サザと自分たち何が違っていた?
何が違う?
そして、どうしてサザも雪を見るようになった?
……?
……!
魔獣の死骸?
もしかして?
レームや真っ赤な猫のローラは人よりも魔獣に近い。一度死んで魔獣として生まれ変わったような存在だ。
僕はマナ生命だ。どちらかというと魔獣に近いのかもしれない。
そして、サザ。
サザは人だが、マナイーターだ。マナを喰らう人。マナを喰らい、生きながらえ、体を変質させた存在だ。
だから、か?
サザの人としての部分が、僕が雪のことを、氷を伝えたことによって魔獣側に傾いてしまったのか?
ヒトシュである暴れ馬に乗せた女は寒そうにしていない。驚いている様子も無い。この公国の現状を知っているからかと思っていたが――いや、ある意味、それはあっているのだけれど。
ヒトシュだから惑わされていない、のか?
これは魔獣を狙った攻撃なのか?
どういった原理で、どうやって、こうなっているのだろう?
この状況、不味い気がする。