319 ソラぞらしい事
魔獣から逃げている馬車を目指し駆ける。
逃げている馬車は湖の向こう側だ。こちらからはまだまだ距離がある。
馬車を追いかけている魔獣は銀色の毛皮を持った四つ足だ。また四つ足の魔獣だ。毛皮の色は違うがどれも似たような姿をした――同じ魔獣にしか見えない。
その魔獣が五匹ほど馬車に群がっている。馬車に取り付かれるのも時間の問題だろう。
急いだ方が良い。
駆ける。
その向かっている途中で馬車が傾いた。そして、馬車が走っている勢いのまま倒れ、地面を転がっていく。見えない目で見れば、馬車を引っ張っていた馬が四つ足の魔獣に噛みつかれ倒れているのが分かった。
思っていたよりも早い。
このままだと危ない。
馬車の中の人は大変なことになっているかもしれない。さらに急いで向かった方が良いだろう。もっと早く……。
背中の翼を広げようとして止める。
急ぐ必要がなくなったからだ。
馬車に取り付いていた銀色の毛皮の四つ足が真っ二つになり吹き飛ぶ。
僕よりも、真っ赤な猫よりも早く、レームが、暴れ馬に跨がったレームが駆けつけていた。珍しく早い。
新調した剣で銀色の四つ足を切り裂いている。
そして、こちらが追いついた頃には全て終わっていた。
『もう魔獣は居ないようだな』
レームが剣を鞘に収め、こちらへと振りかえる。
『みたいだね』
『もう! 早すぎ!』
レームが首を横に振る。
『それでも間に合わなかった』
馬車を動かしていた従者は馬とともに死んでいた。馬が倒れた時の衝撃が致命傷になったのか、それとも四つ足の魔獣にやられたのかは分からない。従者の死体は傷だらけだ。
馬車の中の人は無事だろうか?
気になるところだ。
だが、それよりも、だ。
それよりも優先してやるべき事がある。
『倒した魔獣からマナ結晶を回収しましょう』
『まったく、ソラはぶれないな』
『ほんと、そう思う』
真っ赤な猫とレームが肩を竦めている。だが、これは大事なことなのだ。
……。
……。
二人の視線が痛い。
……仕方ない。
『分かりました。マナ結晶はこちらで集めるので、レームは馬車の方を』
『ああ。そうするよ』
レームが暴れ馬から降りて、倒れた馬車の方へ歩いて行く。
『私は?』
真っ赤な猫は暇そうに尻尾をぱたぱたと動かしている。
『周囲の警戒をお願いします。他にも魔獣がいるかもしれません』
『分かった』
真っ赤な猫がきょろきょろと周囲を見回している。警戒しているつもりなのだろう。
『ふむ。言われないと分からないとは無能なのじゃ』
『ちょっと! 確かに、ここ最近は、あまり役に立っていないけど! でもでも、ただ機会がないだけだから!』
真っ赤な猫と銀のイフリーダは楽しそうに会話をしていた。
僕は黙々とマナ結晶集めだ。
しばらくして、何処か疲れたような、うんざりした表情のレームが戻ってきた。そう、うんざりとした表情をしている。
今までは――目でものを見ていた時はレームの表情を見ることは出来なかった。でも、この角でマナを感じるようになってからはレームの表情の違いを、姿を感じることが出来るようになった。
そして、そのレームはうんざりとした表情をしている。その原因はレームの後ろにいる妙齢の女性のようだ。
「レーメリア叔父様でしょう? そうですよね?」
女盛りと言えるような年の、その女性はレームにすがりつくように、まとわりつくように話しかけている。
『レーム、その女性は?』
『ソラ、とりあえず違うと答えて貰えないか?』
レームは骨なので喋ることが出来ない。僕が代わりに言葉を伝えるしかない。
この女性が誰かは気になるが、まずはレーメリアという人物ではないと伝えた方が良さそうだ。
「レー……」
と、そこで言葉を止める。レームという名前を出さない方が良いかもしれない。
「か、彼は違うと言っています」
レームにまとわりついていた女性がこちらを見る。始めてこちらの存在に気付いたという顔をしている。そして、見たくないものを見たというように顔をしかめた。
「従者とは話していません。話しかけないでください」
女は、そんな言葉を吐き出し、レームの方へと向き直る。
「叔父様、何故答えてくれないのです」
『ソラ、分かったろう? 公国はこんなのばかりだよ』
『え、ええ。そうですね。レームの国よりも酷そうです』
『返す言葉がないよ』
レームが肩を竦める。
にしても、だ。
最初からこれとは……。
先が思いやられる。




