317 獣国から次の国
地下都市を皆で駆ける。
崩落は城を中心として広がっている。離れれば離れるほど安全になる。
『他の人たちは?』
『先に逃げたよ。馬車も使っていたようだから、もう安全な場所に避難出来ているだろうな』
『ホント、逃げ足は速いんだから』
真っ赤な猫が大きな翼をはためかせながら、そのなで肩を器用に竦ませている。
『ああ。逞しいというか、この遺跡を利用して都市を造っていたくらいだからな。ここがなくなっても何とかなりそうな力強さを感じるよ』
肩を貸してくれているレームが笑っている。いや、骨なのでカタカタと音を鳴らしているだけだが、確かに笑っていた。
駆ける。
皆で駆け抜ける。
天井で光り輝いていたキノコの明りが瞬き消えていく。地下世界の夜だ。
夜の間も駆ける。滅んでいく地下都市を、崩れ沈んでいく遺跡を、暗闇の中を駆けていく。
『これ、天井のキノコが剥がれ落ちたら真っ暗で大変なことになりそうだよね』
『ふむ。おぬしは変なことを心配するのじゃ』
銀のイフリーダが呆れたような声を出している。そんな銀のイフリーダはいつの間にか剣の形から銀の手の姿に戻っている。
『確かに落石と一緒にいくらか落ちているようだ。来た時よりも暗くなったように感じるな』
レームは天井を見ている。天井はかなり高い。普通では見えないくらいの距離だ。
それ以前にレームは目がないのにどうやってものを見ているのだろうか。いや、今更か。それに、それを言えば、目が潰れてしまっている自分も同じだ。目ではなく、それ以外でものを見ている。
見えなくても見える。
同じだ。
……。
走る。
感覚が鋭くなったのか、それとも慣れてきたのか、最初の頃よりもものがよく見えるようになっていた。目で見ていた時よりも見え方は違うけれど、その時以上に見えている気がする。
……。
ただただ皆で駆け抜ける。
昼も夜も関係ない、走り続ける。
夜通し動くのはキツいであろうサザも何も言わずに着いてきてくれる。
「つ、辛くない?」
フードのサザが首を横に振る。
「鍛冶作業に比べれば」
口数が少ない。それほど余裕があるわけでは無いようだ。
……だけど、確かに、だ。徹夜が当たり前、一日中、金槌を降り続けることもある鍛冶作業は体力勝負だ。これくらいは何とかなるのかもしれない。
走る。
そして、この地下都市に入った時に通った入り口が見えてくる。獣人の姿を見ない。夜通し走り続けたので、何処か途中で追い抜いてもおかしくないはずだが、その姿を見ない。もしかすると何処かに秘密の通路があるのかもしれない。
『もうすぐ出口!』
真っ赤な猫が先行して飛ぶ。
洞窟を進む。
そして、その先を飛んでいた真っ赤な猫が急停止する。
『ちょっと!』
そして何か呟いている。
どうしたのだろう。
急ぎ、真っ赤な猫に追いつく。そこで待っていたのは……。
「邪悪な魔王の手先め! ここは通さぬ!」
六個並んだ毛玉だった。
いや、革の鎧を着込んだ毛玉のような連中だった。
「ここは通さぬ」
「お前たちの目的は分からぬが」
「大層なことをしてくれたようだな」
「倒す」
「我らオーバー六兄弟が」
「我と弟たちが」
……。
復活している。この毛玉の頑丈さと回復力だけは素直に凄いと思う。
「弟はお前だろう?」
「何を!」
「お前こそが」
……。
六個の毛玉が毛玉同士で言い争いを始めている。いつまでも続きそうだ。だがしかし、その毛玉の争いは長く続かなかった。
目の前で言い争っていた毛玉が吹き飛んだ。毛玉たちが丸くなって転がっていく。
一瞬だ。
そして毛玉を吹き飛ばし現れたのは……暴れ馬だった。
毛玉を蹴散らした暴れ馬がレームの元へと駆け寄る。そのまま面長の顔をレームにこすりつけていた。レームはそんな暴れ馬の顔を撫でている。随分と懐かれているようだ。
レームはそのまま暴れ馬に跨がる。
『行こう』
『そうだね』
地上に出る。
『ちょっと、これ、このままでいいの?』
暴れ馬に蹴散らされた毛玉は気絶でもしているのか転がったままだ。このまま放置でいいだろう。
『放置で良いのじゃ』
銀のイフリーダも同じ意見のようだ。
地上の街部分にも人の姿は見えない。こちら側ではなく、他の場所に逃げたのだろうか。
地上に出たところで一息つき、少し休憩をする。
「お、お前ら……」
休憩している、その途中で毛玉が目を覚ましたようだ。目覚めてすぐに追ってくるなんて、随分と根性がある。
『うるさい』
だが、真っ赤な猫が軽く撫でると、その場で、またすぐに気絶していた。
そして簡単な休憩を終え、出発する。
『それで、どうするの? 結局、ここに来たのも無駄足になったし……』
『ああ。ソラ、どうする?』
レームと真っ赤な猫の言葉に頷きを返す。
そして提案する。
『公国に向かってみるつもりです』
今回、獣国では協力を得られなかった。
だけど、セツに出会ったことで貴重な情報を得ることが出来た。
セツが言っていたもう一つの国。それは公国のことではないだろうか。
そこに何があるのか分からない。
でも向かってみる価値はあるはずだ。