314 スコル、高笑い
こちらを見ていたセツが一瞬だけ、困惑したかのように首を傾げる。
「セツ、は、話がある」
「おいおい、爛れたの。ちょっと馴れ馴れし過ぎるぜ」
セツが翼の先にある肩をいからせ、こちらへ一歩詰め寄る。
『話しなぞ、無駄なのじゃ』
銀のイフリーダはそんなことを言っている。それを無視してセツに話しかける。
「ぼ、僕がソラだ」
セツに告げる。
「おいおい、何を言って……」
言葉を続けようとしたセツの動きが止まる。そのまま、くるっ、くるっ、と鳥のような頭が動く。
そして、その鳥の頭が――表情がぱぁっと輝く。
「なるほどだぜ。全て納得がいった」
「セツ、ぼ、僕は……」
セツが手を伸ばし、こちらの言葉を止める。
「分かる。分かるぜ。分かったぜ。分かっているぜ。ああ、そうだ、あんたがソラ王だ」
セツが嘴を曲げ、笑う。
「し、信じるの?」
セツは簡単に信じてくれた。信じられないほどにあっさりと、だ。
「ん? ああ、信じるぜ。確かにあんたのマナの色は昔と違う、違うな。でもよぉ、魔王様が戻ってきた時、おかしいと思ったんだぜ? うちらが渡した世界樹の武具がなくなっていたんだからよぉ。あれは、ちょっとやそっとの戦いで壊れるようなものじゃないぜ? それだけ激しい戦いだったのかと思っていたが、あんたが持っている世界樹の……それらを見て、全て納得だぜ」
セツが見ているもの。
世界樹の弓……真のマナの剣だ。
「世界樹があんたを受け入れているからよぉ。そうなると考えられるのは、ってことだろう?」
セツは嘴を歪め笑っている。
「セツ、教えて欲しい。ま、魔王が何をするつもりか」
セツが首を傾げる。
「それで?」
「ま、魔王の目的を……」
セツが翼のような腕を組む。
「それで?」
セツの答えは変わらない。
セツが嘴を開く。
「あんたが誰かは分かったぜ。だけどよぉ! 今のあんたがうちらを守ってくれるのか? 無理だよなぁ。そういうことだぜ」
そして、棍を構える。
……。
ああ、そうだ。
その通りだ。
拠点に居た頃の自分だったらセツたちヨクシュを守ることが出来ただろう。
今の僕は?
自分のことで精一杯だ。
……。
セツと目が合う。強い意志を秘めた瞳。
これ以上の言葉は不要だ。
『だから言ったのじゃ』
『そうだね。その通りだったよ』
銀の剣はそのままに、弓を、世界樹の弓を持つ。その世界樹の弓を下に向けたまま、サザから受け取った矢を番える。
レームと真っ赤な猫、サザの避難は終わっているようだ。
この場には僕とセツの他に誰もいない。
多く居た獣人たちも逃げ、死んだように転がっていた獣王の姿も見えない。もしかするとレームが助け、運んだのかもしれない。
今も、この場には、瓦礫が――城の残骸が降り注いでいる。
降ってきた大きな瓦礫をセツが棍で砕き、吹き飛ばす。
「いくぜ」
セツの体から黒いもやが吹き出る。そして、その黒いもやが燃え上がる。黒い炎を上げる。
セツの体が黒い炎に包まれている。
「あんたが相手だから最初から全力だぜ」
黒いマナの炎?
どういうことだ?
何の力だ?
そんなことを考えている僕の目の前にセツの棍が迫っていた。
速い、速すぎる。
予備動作がない。見えない。
棍が目の前に来て初めて気付いた。
それだけの速さ!
その棍を銀の剣が受け止めていた。体が勝手に動いていた。
『何をしているのじゃ』
何処か呆れたような銀のイフリーダの声が聞こえる。
『見えなかった』
セツの動きが見えない。
「防ぐのかよ!」
セツの声。
その後も攻撃が続く。
セツの姿が見えない。速すぎて見ることが出来ない。気付いた時には棍が迫っている。まるで棍だけが空中に浮いているかのような、そんな錯覚を起こしてしまう。
銀の剣が動き、見えないものを捕らえ、攻撃を防ぐ。
黒い炎の残像だけが、棍だけが動いている。
単純に速く、そして恐ろしいまでに高め上げた技術――それが今、目の前に、こちらへと襲いかかってきている。
だが、その攻撃を銀のイフリーダが防いでいる。防いでくれている。
どうする?
どうすれば?
セツの激しい攻撃によって距離を取ることが出来ない。
番えた矢を放つことが出来ない。攻撃が出来ない。
セツのこの攻撃はそれを見越してのものだろう。
どうする?
どうやって距離を取る?
どうやって、この攻撃を見切る?
『イフリーダ、大丈夫?』
『っ!』
銀のイフリーダの声が聞こえない。喋る余裕もないようだ。銀のイフリーダが必死になっている。
それだけの猛攻だ。
どうする?
どうすれば良い?
銀のイフリーダが攻撃を防いでくれている間に、その間に何とか――考えるんだ。
考えろ!